日々の恐怖 11月20日 Reserved seats(1)
雰囲気の良いジャズ喫茶だった。
中に入るとコーヒーのかぐわしい香りが漂い、音楽は耳に心地よい。
何時間でも居座れるような空間で、実際店内にはいつも、長居の常連客の姿があった。
現在切り盛りしている店主は二代目で、初代は戦後の混乱期、小さな定食屋からこの店を始めたそうだ。
そして晩年、念願だったジャズ喫茶へ趣旨変更したらしい。
この店のカウンターの一番奥の席には、いつでも予約席のプレートが置かれている。
しかし、実際に誰かが座っていることはない。
その席は、先代店主の戦友専用のものらしい。
先代店主は戦時中、出征先で戦友たちと夢を語らった。
そして、いつか自分が大好きなコーヒーとジャズの店を開くから、その時はお前たち必ず来いよと約束したそうだ。
先代店主はなんとか生きて帰ることができたが、戦地で命を散らした者も大勢いた。
そんな戦友たちとの約束を守るため、先代店主は彼ら専用の席を作り、他の誰も座らないよう予約席のプレートを置いたのだという。
それは、息子である今の店主にも引き継がれている。
雨の日や薄曇りの日には、その席にじっと腰掛ける若い男性の姿が、うっすら見えることもあるのだという。
店主はコーヒーを淹れながら、
「 なんですか、それは!
常連さんたちに担がれたんでしょう。」
と、私の話を豪快に笑い飛ばした。
知人から聞いた喫茶店の不思議話を、店主ご自身からも伺おうと、店を訪ねた時のことだ。
呆気にとられる私にコーヒーを出しながら、店主はまだクスクスと笑っていた。
「 うちの店の由来は、確かにその通りですけどね。
親父は若い頃病弱で、戦争には行かずに済んだんですよ。
だから、約束を果たそうにも戦友はいないんです。」
「 では、あの予約席は…?」
私が視線をやった先は、カウンターの一番奥の席だった。
そこには知人の話の通り予約席と書かれた金色のプレートが置かれ、椅子には上等そうなクッションが乗せられていた。
「 あぁ、あれはですね。」
店主は途端に渋い顔になる。
店内を見渡し、私の他にはまだ誰も客がいないことを確認した。
「 絶対に他言しないと約束してください。
客足に響くと困りますから。」
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