昨日のUFJvs住友信託の東京地裁判決については、事実関係について詳しく知らないので判決を見てから、などという当事者みたいな前置きになってしまうのですが、 Nikkei Netで
金融大再編を舞台にした異例の法廷闘争で、基本合意をほごにして旧三菱東京フィナンシャル・グループと経営統合したUFJ側に一定の責任を認めつつ賠償請求を退けた司法判断は、双方の信頼関係を重視し、違約金条項などを定めたがらない日本的契約やビジネス慣行のあり方に一石を投じそうだ。
とあるのは、整理としてどうかなぁ、と。
定型的でない大きい案件について確定的な合意をした場合には違約金条項を含めてきっちり契約書を締結するのは「日本的契約やビジネス慣行」においても同じだと思います。
ただ、交渉の途中においては、当事者間でどこまで拘束力を持った合意をするか、またはどの程度交渉が進んだ時点で契約を締結するかは(特に定型的でない案件においては)ケース・バイ・ケースです。一定の拘束力のある契約を締結しようとする場合も、そこに違約金条項を入れることで契約自体に難色を示されることもあれば、違約金額や違約の定義(=当事者の義務の範囲の明確化)について細かい議論に時間をとられてしまうこともあります。
なので、段階を踏んで徐々に拘束力の強い契約にしていく、とか、共同記者会見をして事実上翻意しにくくさせるとかいろんなことを考えながら商談をすすめていくわけです。
今回も、住信としては違約金条項がないなどの一定のリスクは承知の上で、基本合意書の締結を優先させるという事業判断をしたのではないかと思います。
それを「ビジネス慣行」で切って捨てるのはどうでしょうか。
それから、日経がこういうことを書くと、ただでさえアメリカ流の契約書が流行っている上に、さらに"MOU (Memorundom of Understanding)"とか"LOI (Letter of Intent)"などの用語が流行り、猫も杓子もその用語「だけ」を駆使して、「そろそろLOIを結んだらどうだ」とか「これはMOUなのかLOIなのか?」などという中身がないけど仕事しているように思える会話が飛び交う、という悪影響が懸念されます。
どういう内容の契約書を結ぶか、当事者の合意内容をどうやったら正確に反映できるかが問題なのに、「脱日本的契約」が目的にすりかわってしまっては意味がないですから。
ところで、最近定着した外来用語に「デューディリジェンス(due diligence)」というのがあります。
もともと株式とか不良債権とか不動産などを購入するときの事前の価値の精査をする作業のことを言うのですが、10年前は発音するのに舌を噛んでいた人たちまでもが「デューデリ」とか「DD」などと略称で言うまでに日常化しています。
ところがその一方で、サービスを提供する会社も増えた結果、コンサル会社+会計士+弁護士+税理士などの立派なチームをコストをかけて組成した時点で安心してしまい、デューディリジェンスがdueでも diligentでもない単なる手続き・発注作業になってしまっていることもたまにあるようです。
あまり「なんちゃって専門用語」は増えて欲しくないものです。
PS ちなみに私は仕事においては攘夷派でして、日本人同士の国内取引のときの不必要な英語やカタカナ言葉にはかなり厳しいです。
今日の打ち合わせでも出くわしたのですが、わざわざ「今日のアジェンダ」なんてタイトルをつける奴は許せないと思いませんか?