NHKで水上勉原作の『飢餓海峡』があり 数年ぶりに観ました。
時代は戦後間もない昭和22年 青函連絡船遭難事故から端を発し 犯罪を犯し
貧しさから這い出た男が 成功したかに見えた10年後 数々の殺人があばかれ
逮捕され 護送中犯人が青函連絡船から身を投げる というあらすじです。
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主役は昨年亡くなった三國連太郎(犬飼太吉)で 太吉に大金をもらい 貧乏から救われた
娼婦の左幸子(杉戸八重)がもう一人の主役で 若き日の左幸子が 好演しております。
八重は太吉から受けた恩義が忘れられず 上京して赤線地帯で働いて やっと見つけた彼を
訪ねますが 太吉は奪った金を元手に始めた商売が成功し 食品会社の社長になっていたため
過去を知る八重を殺害し 遺体を海に捨てます。
篤志家の太吉が殺人犯として逮捕される決め手は 八重が彼を思慕するあまり 大金をもらった
娼婦宿で切った太吉の爪を 10年間大切に持っており この遺品から太吉の犯行があばかれます。
太吉が函館で最初に起こした殺人事件から しつように太吉を追ったものの成果をあげられず
そのため左遷され 成長したわが子から 激しく攻められる老刑事役は伴淳三郎で こちらも
いい味を出しました。
この映画が撮られてすでに50年余りが経ち 主役の三國・左幸子・伴淳・藤田進・加藤嘉など
主要メンバーは大半が故人となって 現存の役者さんは もう高倉健さんだけと思われます。
三國連太郎は歳を取ってから 釣りバカのスーさんとして若い人に親しまれましたが 私達の
世代は なんといっても 飢餓海峡がまず浮かび これは彼の代表作と思っております。
撮影時 三國は40歳前後で 映像を見ても体格がよく顔の彫も深くて この人には外国の血が
流れているのでは? と見るたびに思いますが 息子の佐藤浩市さんがよく似てきました。
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この映画を観ていて 三國といえば 大地喜和子さんを思い出します。
女優として脂の乗ったときに 酔って運転した車が海に転落し 帰らぬ人となりました。
もう20年も経ちましたが 彼女の葬儀に 文学座の杉村春子さんが 遺影に向かい
「喜和子さん あなた こんなところで寝ているときではないでしょう」
と語りかけた姿が 思い出されます。
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だいぶん前これもNHKで『邦画を彩った女優たち』という番組があり 数人の女優
さんが紹介されましたが そのとき 大地喜和子さんの特集がありました。
それによると 当時恋仲だった三國を 飢餓海峡の撮影現場である北海道まで追った
喜和子さんは 三國が仕事が終わるまで 毎日々々 ただひたすら 彼の帰りを宿で
待ち続ける数ヵ月であったといいます。
そのとき彼女の脳裏には 左幸子が演じた娼婦 杉戸八重に対する嫉妬の念が渦巻き
悶々としていたと語ったそうで 邦画を・・の番組でも そのことが紹介されました。
八重は小説 映画の中の水上勉が作った架空の人物ですが その人物に嫉妬しながら
来る日も 来る日も 三國の帰りを宿で待ち続けたそうです。
やがて自分には 女優しかないと気づき 東京へ帰ったと聞きました。
炎のような喜和子さんも故人となり 昨年そちらに着いた三國とまた 燃えるような
恋をしているかも知れません。
この映画を観終わってすぐに 韓国の客船転覆のニュースがあり 行方不明者の大半は
修学旅行中の高校生と聞き 今観た飢餓海峡の 洞爺丸遭難事故と期せずして一致となり
暗い気持ちになりました。