「人工知能」から「人工一般知能」へ
人間の能力全般を代替する「AGI」とは何か
「AIが人間の仕事を奪う」という話は何年も前から語られてきた。確かに昨今のいわゆる生成AIの発展はめざましい。しかし、読者の多くは、AIに仕事の補助はできても、職場の自分を置き換えるなどといったことは起きないだろうと高をくくっているのではないだろうか。
そこで考えたいのが、AGI(Artificial General Intelligence)という概念だ。日本語では「汎用人工知能」と呼ばれることが多く、それも決して悪くはないが、直訳するならば、むしろ「人工一般知能」と呼ぶべきだろう。私たちは、すでにChatGPTなどのAIを何にでも使っているので、用途を限定しない「汎用の人工知能」はもうできていると思うかも知れない 1)。一方、「一般知能2)」 を人工的に創れるかどうかは、2025年3月現在、未解決の課題だ。
人間の知的能力を、数値化できる「認知能力」(例えばIQ)と、数値化できないとされる「非認知能力」(例えば「やり抜く力」)に分けて考える向きもあるが、AGIが実現するのは人間の脳に可能な能力全般であるので、その両方を実現すると考えてよいだろう。
1) 専門的には、こうしたAI は「基盤モデル (foundation model)」と呼ばれ、さまざまなタスクをこなせる。
2) 我が国では、公務員試験において事務処理能力を測るための数的処理や文章理解といった科目群を「一般知能」と呼
ぶが、そういった問題を解けるAI は、後述するマイルストーンにおけるレベル 2 に相当し、ほぼ達成済みだと言え
る。ここでの「一般知能」はより広い概念—知能の全体像—を意味する。
実際、例えばOpenAI社が先月発表し、他の各社も同様の機能をリリースして鎬を削っている「詳細なリサーチ」(deep research)のように、時間をかけ、試行錯誤しながらウェブ上の情報を収集・分析し、レポートにまとめ上げるといったサービスを利用した経験がある読者は、AIには人間よりよほど「やり抜く力」があると感じているかもしれない。
SF作品『スタートレック』に見る
人間を超える知的能力を備える存在
ただし、人間の脳の作用の中でも「自我」の扱いについては注意が必要だ。ここで、AGIと自我の関係について、米国のSF作品『スタートレック』を例に考えてみよう。
世の中にいまだ存在しない科学技術が社会でどのように使われていくかを考えるには、プロトタイピングの意味でSFが役に立つ。この作品に登場する、何百人もの乗員を乗せて銀河系を冒険する巨大宇宙船「エンタープライズ号」を司る知能システムは、その名も「コンピューター」と呼ばれ、(米国の作品なので)英語で自然に対話でき、宇宙船の航行制御から乗員の食事の世話、レクリエーション、医療まで、あらゆる実務をこなす。
ただし、この「コンピューター」は自我を持たず、物語の中ではあくまで道具として描かれる(例えば、乗員が生き残るために必要であれば、宇宙船もろとも破棄される)。一方、同作に登場する「データ」という名のアンドロイドは自我をもち、人間を超える知的能力を備えるが、人間と変わらない仲間として描かれる(彼も乗員であるので、人間と一緒に生き残る道が模索される)。
後者のような存在はもちろん興味深いが、私たちは、まずは道具としてのAGIを欲するだろうから、前者の「コンピューター」をAGIのモデルとして考えていくのがよいだろう。
AGIがどちらも代替してしまう人間の考え方
「A思考」と「X思考」とは
もう少し人間の思考について考えてみよう。子ども向けのプログラミング環境であるScratchの開発などで知られるMIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボのミッチェル・レズニック教授は、その著書『ライフロング・キンダーガーテン』の中で、人間の思考を「A思考」と「X思考」の 2種類に分ける考え方を紹介している。
A思考は、学校の成績で Aを取るような思考であり、与えられた課題に取り組み、「やり抜く力」を発揮して、困難を(周囲の協力を得ながら)自分で克服してゴールを達成する。一方、X思考は、学校では成績が付けられないような言わばハチャメチャな思考であり、問題を引き起こし、課題を自ら生み出してチャレンジする。「素人のように考え、玄人として実行する」という言葉があるが、A思考は「玄人として実行する」部分を担い、X思考は「素人のように考える」部分を担うと言えるだろう。
これらの思考は、AIによってどの程度実現されているだろうか。先に述べたようにリサーチを自動的に行うdeep researchや、手許のパソコンでできることなら何でも自動でやってしまうOpen Interpreterといったツールは、人間に与えられた課題に沿って、試行錯誤しながらウェブ上の情報を収集・分析したり、プログラムコードを生成して正常に動作するまで自分でデバッグしたりする。技術は、A思考の自動化に向かって着々と進歩を続けているように見える。そうなると、A思考は機械により代替しうるので、人間に専ら必要なのはX思考であり、これからはX思考者を育てようではないか、という発想になるのも頷ける。
だが、待ってほしい。私たちは、知能の全体像を人工的に創る話をしているのだから、X思考も自動化できなければ、AGIが実現したとは言えないのではないか。しかし、新しいアイデアを生み出すAIなど創れるのだろうか。
実は、そのための試みもすでに始まっている。ソニーコンピュータサイエンス研究所所長の北野氏らが推進するNobel Turing Challengeプロジェクトは、AIが自動的に科学的発見を行って人類の知を拡大することを目指し、AIが自分で解くべき問題を決め、仮説を打ち立てるのはもちろん、生物学などのフィジカルな実験すらもAIとロボティクスにより自動化し、「AIシステムがノーベル賞級の発見を自動的に行うこと」を目標としている。
AIが組織を丸ごと自動化するのはいつ?
AGIの実現に向けた5段階のロードマップ
では、AGIはいかにして達成されると考えられているのだろうか。OpenAI社は、表のような5段階を社内で共有しているという。これは、科学的な分類というよりは、まさに開発のためのロードマップと言えるだろう。
OpenAI社は現時点でレベル2までをほぼ達成し、レベル3に向けた取り組みを始めていると言える。レベル3のAIは、人間の代役ができるエージェントであり、人間に与えられたタスクの進行をモニタリングし、自らの思考にフィードバックをかけ、必要なら試行錯誤しながらゴールを達成できるし、数日間に渡って業務を執行し続けられる。これはA思考の自動化を達成するものだと言えるが、現代社会では多くの人々がA思考ができることをもって雇用されている事実を考えると、社会に破壊的なインパクトをもたらしかねない。
そしてレベル4になると、仕事のやり方を改善したり、新しい道具や製品を生み出したりできるようになる。いよいよX思考までもが自動化される。これは一見、達成が困難なようでいて、新しいアイデアであっても基本的には既存のアイデアの組み合わせなのだから、ランダムな創出をレベル3の機能で試行・評価することで、意外とあっさり力技で達成されてしまうのかもしれない。
レベル5を「組織」としている点は興味深いし、示唆に富む。たとえば、先に紹介したNobel Turing Challengeは「研究機関を丸ごと自動化する」試みだと考えられるからだ。また、レベル4の達成から組織全体の自動化までにはギャップがあるようにも見えるが、レベル4まででイノベーションが自動化されるのだから、自動化に関わるイノベーション自体が自動化され、革新的な変化が加速されるかもしれない。
それでは、AGIの厳密な定義には揺れがあるにせよ、それはいつごろ生まれると考えられているのだろうか。OpenAI社のCEOであるAltman氏は、2029年までにと考えているようだ。
Claudeを提供するAnthropic社のCEOであるAmodei氏は、早ければ2026年だと考えている。投資家たちに向けたポジショントークな面も否めないが、両社による開発がますます加速している現状を見れば、頷ける予想と言えるかもしれない。
2030〜2040年代、あるいはもっと遅いと考える研究者らもいるが、最も早い部類では、大きな困難に直面しなければ、おおむね今後3〜5年の間にレベル4〜5の AGIが誕生するという見方が妥当だろうか(組織の全機能を置き換える、真のレベル5の実現のためにはロボティクスのさらなる進化が必要となるので、もう少し先になるとしてもだ)。問題は、その先に何が起きるか、何を起こしていくかだろう。
さて、後編ではAGIが生まれた後、社会にどのようなインパクトがもたらされ、私たちはどう生きていけるのかを考えたい。
(早稲田大学ビジネススクール教授 斉藤賢爾)