いまや日本の大学生の約半数が利用する奨学金制度。進学の夢を支える一方で、卒業と同時に数百万円の借金を背負う若者が増えている。日本で最も利用されている日本学生支援機構(JASSO)の奨学金の貸付残高はこの10年で2兆円も増額し、9.5兆円に膨らんでいる。国の防衛費(2024年度8.5兆円)にも匹敵する奨学金の貸付残高。こうした負担は「自己責任」として片付けられる問題なのか? 本記事では、Aさんの事例とともに、奨学金返済の現状についてアクティブ アンド カンパニー代表・大野順也氏が解説する。
大学生の2人に1人が利用する奨学金
JASSOの調査によると、1990年代半ばまで全大学生の20%程度であった奨学金利用者は、22年度時点で約55%に達し、過去30年で大きく増加した。大学進学率の上昇や学費の高騰、さらに各家庭の収入格差を背景に、日本の大学生のおよそ2人に1人が奨学金を利用している計算になる。
また、年間収入が300万円未満の世帯では、約8割もの学生が奨学金を利用している状況。これは、所得の低い世帯にとって、奨学金が所得による教育の格差を埋めるための重要な手段であることを示している。しかしその結果、多くの学生が卒業と同時に数百万円の負債を抱えることになり、生活設計に大きな影響をおよぼすことにもつながっている。
JASSOの統計によると、奨学金の平均借入額は約310万円。毎月の返済額は約1万5,000円で、その返済期間は15年間にもおよぶ。大卒新入社員の平均的な手取りは約18万円であることから、約1万5,000円の返済額のウエイトがいかに大きいかは想像に難くないだろう。
「後悔しています。奨学金を借りたときには想像できていなかった」
都内に住むAさん(20代・男性)も奨学金を借りて大学進学を果たした1人だ。勉強の甲斐あって有名私立大学の理系の学部に合格し、入学金を支払う段階で親とも相談して奨学金の貸与を受けることを選択した。
それまで学習塾の授業料など、親にはかなり負担を掛けていたと感じており、これからはできる限り親孝行すると誓っての判断だった。学力基準や家計基準は平均的だったため、比較的借りやすいと聞いていた有利子の「第二種奨学金」で、4年間で約400万円の奨学金を借りることになった。
いい大学に入ってしっかり就職して若いうちから頑張って働けば、問題なく返済できるだろうと考えていた。正直、実際に初任給でいくらもらえるのか、返済期間はどれぐらいなのか、というところまでは深く考えていなかった。18歳の若者にとっては無理もないが、当時はこれから始まる大学生活に胸を躍らせ、いい方向にしか考えていなかったのだ。
しかし、この軽い気持ちで設定した返済計画が、Aさんの首を絞めることになる。Aさんが就職した会社は、初任給が23万、年収は276万円程度。日本の新卒1年目の年収としては平均的な水準であるが、前述のとおり、手取りにすると月18万円程度であった。
初めての給料日、給与明細を見たAさんは、「差引支給額」に記載されている金額をみて、思わず自分の給与明細かどうかを疑ってしまったと話す。この金額から家賃や食費、光熱費などを支払って、そのうえで奨学金の返済が始まってしまったら、手元にほぼ残らないのではないだろうか……。そんな不安と焦りで頭がいっぱいになり、生活費を切り詰めなくてはならないのだということを、ここで初めて思い知らされたのである。
奨学金返済を苦に命を断つ若者も…待ったなしの状況
まず、奨学金の毎月の返済額の減額についてはJASSOに相談可能なので、無理せず一度相談していただきたいと思う。
ただ、Aさんも減額を考えるものの、減額すればその分返済期間が伸びるために減額できずにいる。いまの金額でも15年かかるところを20年にしたら、完済するころには40代になってしまう。もっと給料がよい会社への転職も考えたが、新卒で入社した会社を1年以内に辞める人のことなんてどこの会社も採ってくれないだろう。
なにより、転職した先が自分に合わなかったり、転職できずに滞納してしまったりする可能性を考えると、怖くて転職活動にも踏み出せない。親は就職を喜んでくれていたし、心配するだろうから、返済で困っていることは言い出せずにいる。いまはまだ一人暮らしだから自分さえ我慢すればどうにかなるが、この先結婚したり子どもを育てたりする日は来るのだろうか……? 少なくとも奨学金返済が終わるまでは遠い夢のような気がしている。
Aさんのように、奨学金返済が続く人生に絶望を感じている若者は少なくないが、責任感が強い人ほど自分で抱えてしまいがちだ。
奨学金返済の問題の大きさは想像を絶するもので、2023年6月18日付の朝日新聞の記事には「2022年の自殺者のうち“奨学金の返済苦が原因”で自殺したと考えられる人が10人いた」との記述もある。また、これは氷山の一角でしかないとの指摘もあり、「結婚できない」「子どもが持てない」「貯金ができない」などのレベルではなく、もはや「自殺する」という最悪の結末を迎えている現状がある。
奨学金の返済に悩んだら
大学進学という夢や希望のために借りた奨学金の返済に悩み、命を落とすという悲劇は二度と起こってほしくない。しかし、実際に奨学金についての相談窓口に寄せられる多くの返済者は、毎月の支払額を調整したり、事情があるあいだは返済を休んだりできることを知らず、かなり思い詰めた状態にある。
借りたお金は「奨学金」という名前が付いているとはいえ、当事者にとっては実質「借金」であり、その返済に悩めば、情報を適切に得られなくなるほど周りが見えなくなってしまい、身近な相談先も思い当たらずに追い込まれてしまうということだろう。
そこで、奨学生の方々には、奨学金返済に悩んだら、次の3点を検討してほしい。
1.奨学金の貸与元に、返済について相談する(毎月の返済額の減額、一時的な返済休止など)
2.いま働いている会社の担当部署に、奨学金返還支援制度が利用できないか確認する
3.奨学金の代理返済支援を行っている企業への転職を検討する
以上のように、解決策は複数ある。まずはひとりで悩まずに相談機関に頼ることが自身を守るためには大切だ。また、どうしても返済ができず、自己破産などの債務整理が必要なケースなど、個人での判断には限界があるため、弁護士等、法的機関に相談するべき案件があることも知っておいてほしい。
返済支援が少子化対策や教育格差の是正にもつながる理由
厚生労働省が2024年11月5日に発表した人口動態統計(概数)によると、2024年上半期(1~6月)に生まれた子どもの数は、前年同期比6.3%減の32万9,998人にとどまり、1年間の出生数が初めて70万人を割る公算だ。
しかし、内閣府が発表した「令和3年度 人生100年時代における結婚・仕事・収入に関する調査報告書」によると、Aさんと同世代の独身の20代の独身女性・男性の結婚願望について、「結婚意思あり・どちらでもよい」と回答した人が全体の8割以上と高い水準にあり、6割が1人以上の子どもを持つことを希望していると回答している。
若者に意思や希望はあるが、それが叶わないという社会の状態が、長いあいだ続いてしまった影響が、少子化にもつながっている。さらに、大学進学率の上昇や学費の高騰、所得の伸び悩みを考慮すると、Aさんが考えるように、この負担を若干18歳当時に奨学金を借りた若者の「自己責任」とするのは、あまりにも酷ではないだろうか。
民間企業による奨学金返済支援も始まっている。若者の生活負担を軽減し、将来の選択肢を広げることは、大学生の半数が奨学金に頼る日本社会には不可欠だ。そのために、まずは奨学金制度の現状を正しく理解し、奨学金返済による生活困窮を「自己責任」とする風潮を断ち切り、公的機関や民間も含め社会全体で返済支援を進めていくことが重要である。
大野 順也
アクティブアンドカンパニー 代表取締役社長
奨学金バンク創設者
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