06/4/7改訂版 海保
朝倉書店「心理学総合事典」2刷り
はじめに
●本事典の特徴
総勢79名に及ぶ日本の心理学研究者が健筆をふるった心理学総合事典が完成した.構想固めから刊行まで,実に,足かけ4年に及んだ大事業である.21世紀における心理学の発展の里程標ともなりうる事典と自負している。
本書の最大の特徴は、心理学の体系に沿って全体を構成するようにしたところにある。本邦唯一の本格的かつ包括的な心理学事典になっていると確信している。
●本事典の構成
l部からVll部までは、心理学概論書とほぼ同じ構成になっている。心理学方法論、知と情意の心理、さらに社会的行動の心理と心の臨床の順である。したがって、すでに心理学全体を学び終えた学徒や研究者にとっては、それぞれの関心のある領域が今どのような展開を遂げているかを本事典から読みとれるようになっている。
「心理学の拡大」と題したVll部では、はてしなく広がりをみせるかのごとき感のある心理学の新しい領域を取り上げてみた。この中から、心理学の拡大深化するきっかけを作り出す新たな領域が出現してくれることを期待している。
Vlll部「心の哲学」は、心理学が高々1世紀余の歴史しかない科学であること、そして心についての学問的な探求は心理学の歴史よりもはるかに長く続けられてきたことをきちんと知ることが、
21世紀の心理学の発展を実り多いものにするはずとの思いから用意してみたものである。
●心理学の変貌
パラダイム・シフトと呼ぶにふさわしい、心理学の潮流の最大の変化は、20世紀の前半の行動主義から後半の認知主義への変化であった。これによって、心理学は、文字通り「心」の科学としての地位を確固たるものにしたのみならず、その研究領域を「行動も心も」へと一気に拡大させた。
それはさらに、心の科学をドグマから解放する潮流の変化でもあった。自然科学の堅い方法論の呪縛から解き放たれて、社会学や哲学のような人文科学の柔らかな方法論も受け入れるようになってきた。行動主義の時代には徹底的に排除されていた精神分析もしぶとく復活し、心についての広範な問題に時折鋭い問を投げかけてきた。
そうした潮流の変化と、最近の周辺科学および社会からの心理学への強い期待とは無関係ではない。かつては自ら抑制していたさまざまな心にまつわる諸問題への積極的な研究上の取り組み、そして、その成果を踏まえた社会とのかかわりが活発になってきた。
話を日本に限定しても、周知の通り,今,日本の大学の一つの改革の流れは,「心」をめぐって展開されていると言ってもよい.すでに,心理学部の設置は数校にもおよび,心理を冠した学科は数知れず,そして,臨床心理士の資格取得対応の大学院(修士)は100を越え,これ以外の心理の資格は数知れずという情勢である.
また,世間でも「心」への関心は高い.説明できない犯罪,了解不能な子ども達の行動,はたまた支援を必要とする心の病やブレークダウンの遍在が背景にある.
こうした歴史的、社会的背景を背負っての本事典の刊行である。期待されるところが大きい。
●編集の方針
第1は,心理学全般を包括的かつ体系的に構成したこと.これによって,心理学全体を参照枠にした各領域の位置づけが可能となった.
第2は,大著になることを覚悟の上で十分な執筆枚数を確保したこと.これによって,心理学の基本事項が網羅できただけでなく,最新の心理学の研究成果も書き込むことができた.
第3は,索引を充実したこと.これによって,「辞典」としての機能も併せ持たせるようにした。
● 本事典の使い方
事典であるので,読者対象を特には限定はしていない.あえて言うなら,次のような方々の座右の書としていただければと思っている.
・卒業論文の執筆にあたって研究テーマの関連事項を調べたり, 位置づけをしたい学生諸君
・大学院に入りたい,あるいは大学院に入ったが,心理学全般の 基礎が不足しているので勉強したい人
・ 心理学概論の講義内容をより一層深めたいと思っている先生方
●謝辞
日本の今後の心理学の発展への里程標になることを願って,本書を世に送りだすが、このやや冒険的とも言える大著の出版に理解を示し多大の支援をしていただいた朝倉書店,さらに,編集の労をとっていただいた,高原氏と高橋氏には,感謝の言葉もない.
平成18年6月
海保博之