111112222233333444445555566666 30字 117行 01/12/10海保 第7回「安全と健康」中央労働災害防止協会 ヒューマンエラー防止学 筑波大学「心理学系」 海保博之
●第7回 行為管理不全と心理安全工学
認知活動は最終的には行為として実現される。しかし、認知と行為の間には微妙なズレがある。そのズレがエラー、事故につながる。また、行為そのものも、機械ほどの信頼性はないので、思わぬエラー、事故が起こってしまう。行為は目に見えるので、認知活動よりも管理が容易に思えるが、それを支えている認知活動と一体である。行為だけでなく認知活動にも思いをはせ最適管理が必要である。
●行為を分類する---行為特性自覚支援
ラスムッセンは人の行為を3階層に分けている。 最下層は、技能ベースの行為。所定の刺激やサインがあると所定の行為が反射的に起こる。赤信号で停止するのが、この例。 最上層は、知識ベースの行為。状況の解釈のために頭の中の知識が動員され、解釈のためのモデル---メンタルモデルと呼ぶ---が構築されて、それに従って行為がトップダウン的に実行される。見知らぬ土地でのナビゲーションや初対面の人物への振舞いなどが、この例。 中間層が、規則ベースの行為。規則や手順に従って、一つ一つの行為が実行される。スキーの技能を覚えはじめるようなときの行為が、この例。 それぞれに特有のエラー、事故が発生する。以下、技能ベースから規則ベース、さらに、知識ベースへとみていく。 なお、その前に、図中のシグナル、サイン、シンボルについて一言。 たとえば、赤信号がただちに車を止める行為を引き出せば、それはシグナル。 赤信号が交通ルールを思い出させて意図的に車を止める行為をさせれば、それはサイン。 そして、赤信号は危険を「意味する」から車を止めたほうがよいと解釈させれば、それはシンボル。 図 行為の3階層
●習熟してもエラーはある---習熟エラーの防止支援
技能ベースの行為は、生得的な反射以外は、長期間の訓練(学習)によって獲得されたものである。 訓練途上の行為は規則ベースの行為であるが、訓練が完成したあかつきには、行為を支えている知識(手続的知識)は、暗黙化し、所定の状況にシグナル存在すれば、行為は自動的に実行されるようになる。これが、技能ベースの行為である。 技能ベースの階層にかかわるエラー、事故に関しては、話は2つ。 まず第一は、うっかりミス。 行為が実行されている途中で、自分の名前が呼ばれた、あるいは大音響がしたため、そちらに注意をとられてしまい、やるべき要素行為の一つをしなかった(オミッション・エラー)というようなエラーである。 一連の行為系列の完璧な実行が大事なところでは、あえて、自動的で無意識的な行為系列を一つ一つを意識的に確認するためのメタ行為として、指さし確認などの義務づけが求められる。 第2は、状況の変化に対応しきれない不の転移ミス。 技能ベースの行為は、状況即応が一つの特徴である。同じような状況での長期間の訓練によって形成されてきたからである。 問題は、状況変化への対応である。たとえば、システム変更や職場環境が変更したようなとき。しかも、前とちょっと違うようなときが危ない。状況の中にある、前と同じ、あるいは類似したサイン/シグナルが前と同じ行為を引き出してしまい、エラー、事故というケースである。 これへの対処は、第3回の記憶管理不全「負の転移防止支援」 で述べたことを繰り返すことになる。
●規則に従わせる---規則遵守支援
仕事には一定の手順(マニュアル)や決まりがある。手順や規則に従って行なう行為が、規則ベースの行為である。 規則ベース階層にかかわるエラー、事故に関しては、話は3つ。 まず第一は、訓練未熟によるミス。 これについては多言を要しない。エラー、事故をそれほど心配しなくとよいところでは、on the job training(OJT)でも心配ないが、たとえば、移動体作業、医療現場、建築現場などではそうはいかない。訓練コストをリスク管理コストの中に組み込んだ組織的な配慮が必要であろう。 第2は、時定数ギャップによる実行遅れによるミス。 規則に従った意識的、熟慮的行為は時間がかかる。それが現実の進行に追いつかないとエラー、事故になる。 車などの移動体では、この時定数ギャップは致命的である。 規則ベースの行為の時定数は訓練の関数になるので、ここでも訓練未熟が決定的となるが、危機管理のような場面では、すべての人に十分な訓練を望むのは現実的ではない。 となると、事態の進行を食い止める仕組として、フェース・セイフ(失敗しても大丈夫な仕組)や外部の専門家による支援が必須となる。 第3は、手順違反。 仕事に慣れてくると、手順に従って行為をするのは窮屈、多少の手抜きは大丈夫ということになりがちである。 しかも、手抜きをするほうが、仕事が効率的になる(改善される)ようにみえてくる。これが人間の怠け本性、あるいは創造的挑戦心から発しているだけにやっかいである。 これには、規則遵守態度の育成と、警備的な監視体制で対応するしかない。 あるいは、人間の介入しなくてすむ自動化システムを導入するしかない。
●勝手な解釈をさせない---誤解釈防止支援
知識ベースの行為は、適切な状況認識と、状況に対処するための知識の運用があれば、妥当なものとなる。 誤った状況認識と知識の運用は、行為の意図形成を誤らせる。これが、ミステイクである。 状況が定型化していればミステイクは起こらない。ひとたび事が起こったとき、いつもが定型化していればいるほど、状況認識が難しくなる。 そのとき、知識がものを言う。しかし、事の発生は緊急を要することが多い。時間をかけて熟慮して合理的な判断を下す余裕を与えない。状況の中にあるそのときに顕著な手がかりに駆動された知識だけを使って、状況を解釈するためのメンタルモデルを構築する。 このとき、不適切な手がかりによる不適切な知識に基づいた解釈が、ミステイクを発生させる。 状況をわかりやすくすることで、不適切な状況認識が発生しないように、たとえば、インタフェースの情報環境を設計する。 あるいは、適切な知識が引き出せるような知識管理、たとえば、頻繁な研修訓練やマニュアルの供覧などをする。 さらには、ミステイクは、いったんその世界に入り込むと抜け出るのが難しいので、一人の解釈だけに依存しないで、お互いに自由に自分の思い(モデル)を語れるようにする。それによって相互チェックができるので、不適切なメンタルモデルによって事態が動かされるのを排除することができる。 *******本文116行