1-1 なぜ、心理学では研究法が問題になるのか
●実証の科学たろうとしたから
心理学の概論書には定番になっている以下のような1節がある。
「心理学を哲学から独立した科学にさせるべく、ブント(Wundt,W.M.(,)1832-1920)は、1879年、ライプチヒ大学(独)にはじめて心理学の実験室を創設した。」
この1節で大事なことは、哲学からの独立である。心の研究や省察の歴史は古い。それをもっぱら担ってきたのが哲学である。今田恵「心理学史」の巻末年表を開いてみると、ギリシャ時代の紀元前624年、哲学者・ターレス誕生からはじまっている。
その哲学から独立するとはどういうことであろうか。注1**
言うまでもなく、哲学は思弁の学問である。心について思索をめぐらして今日に至っている。しかし、17世紀になると、物の科学としての自然科学が急速に発展しーー後に科学革命の時代と呼ばれるーー、それにつられるかのように、まずは身体、そして心も科学の対象として扱われるようになってきたのである。そこでは、思弁ではなく、冷徹な観察と緻密な実験による実証が求められるようになってきたのである。こうした時代思潮の高まり、そして、それを実現した心についての個別実証研究の積み上げがあっての、1879年の哲学からの独立である。その間、足かけ3世紀もの年月が経過しているのにもあらためて驚かされる。
ところで、ブント以前に、まぎれもなく心の実証研究をおこなった、ブントと同じライプチヒ大学教授フェヒナー(Fechner.G.F.,1801-87)の精神物理学を、ここで簡単に紹介しておく。今でも、フェヒナーの法則として教科書に載っている研究である。
重り100gと102gだと重さの違いがわかる。200gだと204gになると違いがわかる。つまり、重さの違いがわかる限界(弁別閾)については、刺激強度をI、その増分をΔIとすると、
ΔI
I = 一定(ウエーバの比)(重さの感覚では、約0.02)
フェヒナーは、弁別閾を測定するいくつかの手法を開発して各種の感覚について、ウエーバ比を定め、それに基づいて、より一般的な,刺激の強さIと感覚量Sとの関係について次の法則を提案した。
S=k1 logI +k2 (フェヒナーの法則)
(kは、感覚モダリティによって変わる常数)
この研究で注目しておくべきことは2つある。
一つは、心(感覚量)が「科学的に」量的に測定できることを示したことである。精神物理学的測定と呼ばれている。「科学的に」とはいっても、実験参加者自身が測定器になって自分の感覚を主観的に判断させのであるから、自然科学的な測定とはかなり異なる技法ではある。
その技法の一つである恒常法は今でも精神物理学的測定法の一つとして使われている。やや細かい話になるが、恒常法の手順と論理を紹介しておく。
1)標準刺激Isの前後の適当範囲に(複数の)比較刺激Iiを用意する。
2)Isと任意のIiを選び、Isと比較して、「重い」か「軽い」の判断を求める。
3)IsとIiの比較対それぞれについて、数十回の判断を求める。
4)各判断対について、「重い」と判断された割合を図にプロットする。
5)なめらかな曲線の当てはめをすると、図1―1に示すような正規分布の累積曲線になることが知られている。これを精神測定関数という。
6)この曲線で「重い」と判断する割合が50%なる刺激の大きさを主観的等価値、さらに75%にあたる刺激の大きさと主観的等価値との差を弁別閾とする。
図1-1 精神物理学的関数
別添
フェヒナーの研究で注目すべきもうひとつは、心と外界の刺激とが、法則的(関数的)に対応がつけられることを示したことである。これは、外界の刺激を原因、心(感覚量)の変化を結果とする因果的な研究の枠組とみなすことができる。心の研究も自然科学と同じ方法論で研究できることを示したといえる。その点では、心理学研究法の歴史上、画期的とも言える研究である。
●実証の科学たろうとしたから
心理学の概論書には定番になっている以下のような1節がある。
「心理学を哲学から独立した科学にさせるべく、ブント(Wundt,W.M.(,)1832-1920)は、1879年、ライプチヒ大学(独)にはじめて心理学の実験室を創設した。」
この1節で大事なことは、哲学からの独立である。心の研究や省察の歴史は古い。それをもっぱら担ってきたのが哲学である。今田恵「心理学史」の巻末年表を開いてみると、ギリシャ時代の紀元前624年、哲学者・ターレス誕生からはじまっている。
その哲学から独立するとはどういうことであろうか。注1**
言うまでもなく、哲学は思弁の学問である。心について思索をめぐらして今日に至っている。しかし、17世紀になると、物の科学としての自然科学が急速に発展しーー後に科学革命の時代と呼ばれるーー、それにつられるかのように、まずは身体、そして心も科学の対象として扱われるようになってきたのである。そこでは、思弁ではなく、冷徹な観察と緻密な実験による実証が求められるようになってきたのである。こうした時代思潮の高まり、そして、それを実現した心についての個別実証研究の積み上げがあっての、1879年の哲学からの独立である。その間、足かけ3世紀もの年月が経過しているのにもあらためて驚かされる。
ところで、ブント以前に、まぎれもなく心の実証研究をおこなった、ブントと同じライプチヒ大学教授フェヒナー(Fechner.G.F.,1801-87)の精神物理学を、ここで簡単に紹介しておく。今でも、フェヒナーの法則として教科書に載っている研究である。
重り100gと102gだと重さの違いがわかる。200gだと204gになると違いがわかる。つまり、重さの違いがわかる限界(弁別閾)については、刺激強度をI、その増分をΔIとすると、
ΔI
I = 一定(ウエーバの比)(重さの感覚では、約0.02)
フェヒナーは、弁別閾を測定するいくつかの手法を開発して各種の感覚について、ウエーバ比を定め、それに基づいて、より一般的な,刺激の強さIと感覚量Sとの関係について次の法則を提案した。
S=k1 logI +k2 (フェヒナーの法則)
(kは、感覚モダリティによって変わる常数)
この研究で注目しておくべきことは2つある。
一つは、心(感覚量)が「科学的に」量的に測定できることを示したことである。精神物理学的測定と呼ばれている。「科学的に」とはいっても、実験参加者自身が測定器になって自分の感覚を主観的に判断させのであるから、自然科学的な測定とはかなり異なる技法ではある。
その技法の一つである恒常法は今でも精神物理学的測定法の一つとして使われている。やや細かい話になるが、恒常法の手順と論理を紹介しておく。
1)標準刺激Isの前後の適当範囲に(複数の)比較刺激Iiを用意する。
2)Isと任意のIiを選び、Isと比較して、「重い」か「軽い」の判断を求める。
3)IsとIiの比較対それぞれについて、数十回の判断を求める。
4)各判断対について、「重い」と判断された割合を図にプロットする。
5)なめらかな曲線の当てはめをすると、図1―1に示すような正規分布の累積曲線になることが知られている。これを精神測定関数という。
6)この曲線で「重い」と判断する割合が50%なる刺激の大きさを主観的等価値、さらに75%にあたる刺激の大きさと主観的等価値との差を弁別閾とする。
図1-1 精神物理学的関数
別添
フェヒナーの研究で注目すべきもうひとつは、心と外界の刺激とが、法則的(関数的)に対応がつけられることを示したことである。これは、外界の刺激を原因、心(感覚量)の変化を結果とする因果的な研究の枠組とみなすことができる。心の研究も自然科学と同じ方法論で研究できることを示したといえる。その点では、心理学研究法の歴史上、画期的とも言える研究である。