仕事「仕事があるから元気でいられる」
●仕事から引退
いよいよ、仕事の現場から離れることになってきました。それもあってか、やけに仕事のことが気になります。
今一番、気にしているのは、「いつ仕事をやめるか」です。この場合の仕事とは、大学での教育研究の仕事です。幸か不幸か、大学教員の仕事には書斎仕事、つまり、自分の好きなことをする「仕事」もありますので、大学を辞めること、即、仕事を辞めることにはなりませんが、それでも、一大決心であることは間違いありません。
18歳で大学に入学して以来、55年間、大学の外の仕事を経験したことがないのですから、偉そうに仕事についてあれこれ言うのはちょっぴり気が引けますが、そこはご容赦してだくとして、仕事と心の元気について少し考えてみたいと思います。
●ニーチェの名言
今、「超訳 ニーチェの言葉」(Discover)が話題になっています。あのニーチェがねーというところもありますが、なかなかのものです。そこに、こんな言説を見つけたのが、仕事と心の元気を考えてみるきっかけでした。
「自分の職業に専念することは、よけいな事柄を考えないようにさせてくれるものだ。人生や生活上の憂いに襲われたとき、慣れた職業に没頭することによって、現実問題がもたらす圧迫や心配事からそっぽを向いて引きこもることができる。」([人間的な、あまりに人間的な」より}
ニーチェのこの言葉通りの人生をおくった(といっては失礼かもしれないが)東レ経営研究所・佐々木常夫氏の「逆風満帆」という朝日新聞の土曜版(2010年6月)の連載を思い出しました。
氏は、東レでの取締役という激務をこなしながら、精神病の妻と自閉症の長男をかかえての壮絶人生をおくった方です。氏いわく。
「仕事がなければ自分はつぶれていた」「仕事は努力すれば成果が出る。でも、家庭はそうはいかない。いい方向に向うとは限らない。仕事で成果を出すことが唯一の支えだった」
これは、仕事がネガティブマインドの罠からあなたを守ってくれるというものですが、仕事には、もっと積極的に、心をポジティブにしてくれるものがありそうですね
●仕事で心を元気するコツ
①仕事は仕事と割り切る
最近、若者の就職状況が厳しいこともあり、また、若者の仕事への考え方の迷いなどもあって、中学生くらいからキャリア教育がはじまり、今では、大学でも一つの教育目標として定着してきました。
その中で、仕事を通しての自己実現、という考え方がかなり強くあります。仕事を通してなりたい自分になりなさい、というものです。
これはこれで間違いではないのですが、では、なりたい自分ってどんなものかがわらかない、あるいは、なりたい自分はわかっていてもどの仕事がそれを実現してくれるかわからないといったことに直面します。
キャリア教育では、まず、この点に焦点を当てたカリキュラムを組みます。そして、自己実現のための仕事につくという目標に立ち向かうことになります。でも、これにまともに立ち向かっていってうまくクリアできる幸運な人がいないわけではありませんが、大多数は、うまくいきません。世の中、そんなに甘くないからです。
クリアできない人のなかには、いつまでもぐずぐずしてあげくは家に引きこもってしまうような不幸な人もいますが、大多数は、それなりに気持ちを整理してそれなりの仕事につきます。これが現実です。この現実をきちんと受け入れることがまずは大事です。
ぴったりの言説を見つけました。
「やりたいことや憧れの仕事に振り回されて、
現状を不満に感じたり、暗い気持ちで毎日を過ごすよりは、
やるべきことを一生懸命やるほうが、はるかに充実感が得られるのではないでしょうか。」(小杉龍之介)
「人はパンのみにて生きる」ことがまずは大事なのです。
ついでに、前出の佐々木常夫氏の言説をさらに引用させてもいます。
「たしかに、仕事には「食べるためだけ」以上の意味があり、もっと
深い喜びを与えてくれるものです。しかし、それはあくまで、自分
の稼ぎで生活できるようになった人にもたらされるものです。決し
て、「生活のために働く」ことを軽視してはなりません。」
②仕事で心の元気づくりの土台を作る
心は自由奔放です。時間にもとらわれません。現実から離れて仮想世界に飛び出すこともできます。しかし、仕事の世界ではそうはいきません。厳しい制約が心に課せられます。それを不自由、強制、抑圧とネガティブにとらえてしまうと、仕事が苦痛以外の何物でもなくなってしまいます。
でも、それで心の元気づくりのための土台ができると考えれば、仕事の苦労もまた別の意味を帯びたものになります。
前に述べましたが、自分は、大学の仕事以外を経験したことはありません。大学の仕事は、かなり自由奔放なところがあります。子ども心のままでやっていけるようなところがあります。したがって、心の土台のどこか一部が欠けているようなところができてしまいます。今となっては遅かりしですし、大学内ではお互いさまですから、なんとここまでやってこられました。
でも最近は、社会人出身の大学教員が増えました。自分のまわりにもいます。そういう先生をひそかに観察していると、「負けるなー」「おぬし、人間ができているな―」と思わされるような振舞いや言説に出くわします。いわゆる、社会人基礎力を備えた方々です。
たとえば、
・感情を実に上手にコントロールしている
・礼節を心得て、振る舞いがスマート
・相手を思いやれる
・コミュニケーション力がある
・人当たりがよい
・心身ともに健康でタブ
・時間管理が巧み
はやり、社会人としての経験、仕事を通しての経験は、心の安定した土台作りには絶対に必要ではないかと思います。
③仕事で心の元気を
今の日本の仕事環境、本やマスコミを通して仄聞するところでは、かなりひどいようです。
仕事で元気を、とは言いにくいところがあります。でも、ワークライフバランス、つまり、仕事と生活とのバランスを回復しようとの動きも出てきていますから、いずれ改善させるのではないでしょうか。
ライフ(生活)に比重がかかってくれば、仕事は心の土台づくりとして余裕をもって位置づけることができます。さらに、仕事があるがゆえに心も元気ということになります。
「目の前の仕事に専念せよ。太陽光も一点に集めなければ発火しない。」(グラハム・ベル)
④仕事の使命を意識する
どんな仕事にもそれが存在する意義があります。あるからこそ、その人にお金を支払ってまでしてもらいます。それが仕事の使命です。その使命を意識する、つまり、使命感を持つことは、心の真正の元気につながります。このことは、使命感のところでも述べましたので、そちらでも確認しておいてください。
⑤仕事に熟達する
これまたどんな仕事にも、長年それにたずさわることで熟達します。仕事のエキスパートになります。
エキスパートの仕事には、3む「むり、むだ、むら」で、流れるように仕事がすすみます。それは、あたかも単純作業をたんたんとこなすかのようなところがあります。これは、心の負担感をなくし、うまくいっている感覚をもたらし、有能感さえもたらします。心元気なときを過ごせることにもなります。
ですから、熟達するまで頑張る気持ちが大事です。「3年で3割が辞める」現実は、やや危ない現実ではないかと思います。「桃栗3年、柿8年」あるいは「石の上にも3年」ですね。