集中力は能動的部分と受動的部分とがある。
集中力に限らず、人間は自分の心を完全にはコントロールできない。だからこそ、心のコントロールを願い続けてきた。自分で自分のコントロールができたら、というのは人類の夢と言ってもよい。集中すべきとき集中でき、リラックスすべきときにリラックスできたらすばらしいことである。
催眠研究の世界的権威である九州大学の成瀬教授は次のような興味深い実験を行った。
「195379654」「478231635」・・・といった9桁の数字を中学生に記憶させる。普通に覚えさせると、最初の桁がもっともよく覚えられて6桁~7桁目となるにつれて、次第に成績が悪くなり、最後の2桁は少し成績があがる。これは、初頭効果・終末効果といい、すでに説明したとおりである。
ところが、もっとも成績が落ちる7桁目を赤でよく目立つようにしておくと、その桁の成績が高くなる。目立つところには、自然と注意が向けられるからである。これは、受動的注意集中と呼ばれる。もっとも、あらかじめ7桁目を特によく覚えておくようにと指示しても、これと同じような効果が得られる。これは、自ら注意をコントロールして7桁目に向けた結果であり、能動的注意集中と呼ばれる。
能動的注意集中は自分でがんばればできるわけであるから大いにやったらよい。自分の好きなものを選び、じっくりと大事なところに注意を集中したらよい。イメージを頭の中に描くのも、緻密な論理を展開するにも、この能動的注意集中が必要である。
これは成瀬教授によると、心の体操によって訓練できる。たとえば、ヨガ、座禅、瞑想、催眠法などである。ただ、筆者の立場としては、これらによって集中力が養成されるとは考えたくない。むしろ、これらは集中力の乱れを通常に戻すのに、効果があるのではないかと思う。
では、受動的注意集中のほうはどうなのかというと、これは、自分ではどうにもならない。だから、受動的なのである。しかし、集中力コントロールを考えるときには、この受動的注意のコントロールは、能動的注意集中のコントロールよりもはるかに簡単に効果が期待できる。
なぜなら、注意力が自然と発揮できるような環境の設計をすればいいからである。本書では、むしろこちらを強調してきたつもりである。つまり、やるべきことだけを目立たせる、応答する環境を設計する、早朝を利用するなど、すべて自然に注意集中ができる環境とは何かを考えてきたつもりである。