
朝倉心理学講座 第1巻「心理学方法論」企画書 編:渡邊芳之(帯広畜産大学)
1.編集意図
心理学が人文社会科学の中で独自の位置を占めているのは,その方法論の独自性によるところが大きい。そのため,古くから心理学の方法論については多くの書物があり,その多くは大部であって,観察,実験,調査,測定・統計技法,質的研究法などを網羅的に扱った内容であることが多い。最近も和書洋書を問わずそうした書物が続々と出版されている中で,本書がそれらと同じような構成をとることは屋上屋を重ねることになるだけでなく,本書に許されたページ数では既存書の概略版のような性質のものしかできない可能性が高い。 また,方法はほんらい研究領域や研究目的に求められて生まれるものであって,実際の研究領域や研究目的を離れて方法を論ずることは,どうしても抽象的な議論に陥りやすい。とくに本書のように分量が限られ,方法と実際の研究との接続を具体例を挙げて述べていきにくい場合には,その危険がますます大きいであろう。
そこで,本書では心理学方法論の網羅的な解説を目指すのではなく,本全体を,
1)心理学の方法論的独自性とその問題点,最近の論点を理解できるような最小限の解説をおこなう部分
2)方法論的な問題が起きやすく,最近も方法論をめぐる激しい議論が生じているような研究領域で実際に研究実践を行っている研究者たちが,自分の研究領域から心理学の方法論を考える部分 の2部に構成することで,心理学方法論に関わる問題を,リアルな現場からの視点で読者に提示していくことを目指す。
2.構成の概要
本は以下の2部,計8章の構成とする。
1)第1部 第1部では,心理学が他の科学とは区別される「心理学」であることを支える,心理学方法論の基本的なあり方について,概念,歴史,方法の3側面から解説する。
第1章
心理学の方法論 渡邊芳之
心理学方法論の概念面からの解説。心理学が他の科学と異なる独自の科学であることが,とくに方法面でどのように成立しているのか,それにどのような意味があるのかを考えるとともに,最近の方法論的問題に関する議論,たとえば心理学における基礎と臨床の関係や質的方法の位置づけなどについても概観する。
第2章
心理学方法論の歴史 佐藤達哉(立命館大学:執筆承諾)
心理学方法論の歴史面からの解説。心理学の誕生以来,それがどのような方法論とともにあったのか,方法論はどのように変遷してきたのかを概観する。本講座に心理学史の巻が存在しないことに配慮して,方法論史を通じて読者に心理学史の全体像を提供することも目指す。
第3章 測定と統計的方法 尾見康博(山梨大学:執筆承諾)
心理学方法論の方法面からの解説。心理学方法論のひとつの特徴である,測定による数量化と,測定データの統計的処理が,心理学のあり方とどのように関係しているか,そこにどのような問題点があり,議論があるのかを概観する。 2)第2部 第2部では,さまざまな領域で方法を強く意識しながら研究実践を展開している5人の研究者に各1章を委ねて,それぞれの領域から心理学方法論を論じてもらう。執筆にあたっては,その領域での方法論的な問題や論点,新しく出現した方法論やそれと従来の方法論との関係,今後の展望などに必ず触れてもらうこととする。
第4章 井上裕光(千葉県立衛生短大)
「教育実践研究のための方法」 内容:教育実践の現場でデータを取ることは測定枠組みの制約がある。ここでは授業者の授業のふりかえりを題材とし、授業者への寄与を意図した実践研究法について紹介する。
第5章 川野健治(国立精神神経センター)
「発達研究における時間もしくは変化」 長く発達研究は、輪切りにした「ある時点での状態」を重ね、「発達」として記述してきた。これに対し、縦断データ、軌跡、歴史性、システム論等の近年の動向から、その方法を再検討する。
第6章 三井宏隆・篠田潤子(慶応義塾大学)
「社会心理学の方法論的問題」 社会心理学における新しい方法論的発展、とくに質的方法の再評価と、質的方法と量的方法をつなぐ方法論について検討する。
第7章 平野直己(北海道教育大学)
「Think globally, act locally.」 個人心理療法から地域活動まで多様な臨床の場に身を置く中で、場を貫く臨床活動の指針の探求と、それぞれの場に応じた臨床活動の記述表現の探求についてもがいている。このことを日々の臨床活動をもとに論じる。
第8章 杉浦淳吉(愛知教育大学)
「研究者と現場との相互作用:研究が現場に与える影響,現場が研究者に与える影響」 環境問題へのアクションリサーチにおいて,研究することが現場に与える効果や研究者自身が現場にかかわることによってどう変化するのか,そしていかに自覚するのかを論じる。