散日拾遺

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語られたことが歴史になるという主題で書かれたとてつもなく面白い小説

2017-09-06 22:16:14 | 日記

2017年9月6日(水)

 日曜日から読み始め、止まらない勢いになっている。

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 バウドリーノは、この哀れな司教座聖堂参事会員の想像力の乏しさにかんしては、オットーと同意見だったので、それを少し伸ばしてやるのもむだではないだろうと思い、実際に目にした写本の題名を少しだけ伝えたあとで、巧妙に捏造したほかの題名を列挙した。たとえば、尊者ベーダの『臓物料理トリッパの卓越性について de optimitate tripparum』、『礼儀正しい放屁術 ars  honeste petandi』、『脱糞の作法 de mod cacandi』、『頭髪に陣営を設営することについて de castramentandis clinibus』 、『悪魔の故郷について de patria diabororum』。これらの著作はすべて、お人好しの司教座聖堂参事会員を驚かせ、好奇心をかきたてたので、彼は、それらの知られざる知の宝典の写しを送るように急いで要請した。パウドリーノは、オットーの羊皮紙を削り取ってしまったことへの自責の念から、その埋め合わせに、喜んでこの要請に応えたいところだったが、どの文献を写せばいいかまったく見当がつかず、サン・ヴィクトール修道院にそれらの著作はたしかにあるのだが、異端の臭いがするため、律修参事会員たちが誰にも見せようとしないのだ、と言い訳をでっちあげた。

 「あとでわかったのですが」とバウドリーノはニケタスに言った。「ラヘウィンは知り合いのパリの学者に手紙を書き、それらの写本をサン・ヴィクトール修道院から入手してほしいと頼んだのです。しかし、修道院側は当然のことながら、何の手がかりもつかめず、それを図書館長の怠慢のせいにしましたが、哀れなこの男は、そのような本を見たことはないと誓いました。結局、律修参事会員の誰かが、事態を取り繕うために、本当にそれを執筆したらしいのです。いつの日か、見つかるといいのですがね」

ウンベルト・エーコ/堤康徳訳『バウドリーノ』(上)岩波文庫 P.152-3

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