散日拾遺

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点描③ ~ 梨の大馬鹿/トカゲのお宿/ミカン畑が脆弱な理由

2018-08-22 10:03:06 | 日記

2018年8月22日(水)

 草刈りも相当ほったらかした後なので、草の海の中から立木を掘り出すありさまである。

 敷地の西北隅で、ここは竹をも切り払いながらまた一本掘り出すと、鵞卵大から手拳大(今どき通じない?)の緑の果実が枝先に3つ4つ、「木は実によって知られる」とはよく言った、これまさしく梨ではないか。

 敷地内に多くの果実が実るが、住人の切なる願いをよそにいっこう実をつけぬ木もあり、その一つが梨だった。梨がまともな実をつけたのは近来記憶にない。やってきた次男が横で呟いた。

  桃栗三年柿八年 蜜柑は九年で生りはじめ 梅は酸いので十二年 梨の大バカ十八年 ♪

 僕は知らない、祖父から孫へ飛ばしパスで伝わった戯歌だが、何ほどかの真実を伝えるものかどうか。18年はともかく、梨が結果まで特に多年を要するという記事は見あたらないようである。そもそも戯歌そのものにバリエが多いらしい。曰く、「梅は酸いとて十三年む」「柚子は九年でなりかかる」「柚子は九年の花盛り」「柚子の大馬鹿十八年」「枇杷は九年でなりかねる」・・・

 『時をかける少女』(1983年公開、原田知世主演)の挿入歌では「柚子は九年でなりさがる」「梨の馬鹿めが十八年」とあったそうな。

 何でもいいや、ミカン類は別格として桃と梨に目がないのね。さっそく食べてみたら、これがなかなか旨い。市販のものほど甘みがなくて、いくらか青臭いが、庭生りと思えばまず上の部である。折しも千葉から届いた幸水と並べ存分に味わった。何という幸せ!

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 写真に撮らせてくれないとボヤいたちびトカゲ、撮れた!

 尻尾が長い。これほど長くては不自由だろうと案じられるぐらい長い。切り離した際の効果を高める意味があるのだろうか。小昆虫などを餌とする捕食獣の端くれなのに、至って臆病で繊細な存在である。写真の右側に草刈り機の置き場があり、そこいらがねぐららしい。毎朝飛び上がらせているが、尻尾を切らせることがなくてよかった。

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 帰省中には珍しく知人と会食することがあり、道後温泉の超有名な老舗に招待してくれた。この店のことは別として、かねがね豫州人はサービス業に向いていないのではないかと疑うところがある。残念だがエビデンスなら売るほどあるんだな。この夏も痛感、苦笑した。

 それはさておき、このコーナーは楽しい。何だか分かりますか?

 

 人形は額田王、その右は「塾田津に船乗りせむと月待てば・・・」の歌を散らしたものである。お人形の拡大像がこちら。

 ふっくらした古代美人である。塾田津(にきたつ)の所在に関する面白い争論について、当ブログに書いたのはもう5年前。こんな話になるとマニアックな豫州人の特性が生きそうだ。

 ⇒「秋/しまなみ海道/チャーチルと石原慎太郎」
https://blog.goo.ne.jp/ishimarium/e/8af3c0ba1dd5ff957f61053f9e14b5c4

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 会食の帰途、これまた珍しくタクシーを使った。道後温泉から祝谷の山間を通り、前道後とも称される権現温泉への裏道をとってくれたので思いのほか速く、その間、年配の運転手さんは誘い水に乗りに乗って語り続けた。主としては7月の豪雨災害のことで、ミカンの木は根が浅いからミカン畑が土砂崩れに弱いのは理の当然だという。

 中予出身の運転手さん、若い頃に一年だけ熊本で仕事をし、その一年間に洪水を二度経験したとのこと。「九州災害履歴情報データベース http://saigairireki.qscpua2.com/kumamoto/」で探してみるが、ぴったりはまる年は見つからない。ただはっきりしているのは、震災も水害も昔から相当の頻度で起き続けているということである。

 温暖化や異常気象を嘆く前に、すべきことがたんとあるのだ。

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