散日拾遺

日々の雑感、読書記録、自由連想その他いろいろ。
コメント歓迎、ただし仕事関連のお問い合わせには対応していません。

NZ最新事情

2019-07-03 11:24:36 | 日記
2019年7月3日(水)
 志あってニュージーランドへ出かけたYさんより来信あり、野暮な注釈を付けるより、まずはお許しのもとに原文を転載する。若干の字句変更あるも、95%はママである。

・ 6月24日(月)
 石丸先生、こんにちは
 先週のこと、先生にお葉書(封筒に入れて)を投函させて頂いたものが、本日戻って参りました。同時に日本に向けて2か所に投函したので、先生宛のものだけ戻ってくるのは不思議です。
 でも、NZではよくあることと思われます。
 こちらはあらゆることに関して、お互いさま、ドンマイ精神が、本当にどこまでも浸透しています。公共の交通機関がトラブっても、目くじらを立てる、怒鳴り散らすということも、逆に担当者が必死に説明したり謝罪に終始する、ということもありません。
 そのような事情で遅刻や欠勤したとしても、ドンマ~イ、終わり。困ったり疲れたりするような状況にあっても、みなさん結構明るい。
 一言でいうと、一般的な社会のルールや人の目という外的圧力に強いられて、きっちりと暮らすことよりも、見た目も心の中も穏やかに暮らすことを最優先する、お互いに寛容な社会です。
 この発想は日本の、とりわけ学校組織とは対極にあるものです。このような国と日本、それぞれの10年・20年後、どのような将来が待ち受けているのか、今から楽しみです。
 お便りは明日再度投函させて頂きますので、しばしお待ちくださいませ。
葉書に書いた内容を既に失念してしまっているので、このメールと重複しているかもしれません。
 留学生は、9月から医学部一年生を迎えるサウジアラビア人、タイ人、すでに6年間医師として働いてきたコロンビア人、この人々と同じ教室で机を並べています。
二人は年齢が半分以下、子供くらいの年齢ですが、前途有望な若者たちと机を並べるのを、とても面白く感じています。
 またお便りさせて頂きます。

・ 6月29日(土)
 封書はお手元に届きましたでしょうか。
 再度投函した際の後日談です。
 係のお兄ちゃんに事情を説明したところ、先方もさすがに訝しがり、本来は一枚だけでよい航空便マークのブルーのシールをさらに二枚取り出し、印字のあった個所を隠すために一か所、さらにもう一か所と、合計三枚もベタベタと貼ってくれたのでした。
 特段詫びるでもなく、同情するでもなく、「なんでやろな?」みたいな飄々とした態度、まさにこの国ならではの応対でした。

 さらに分かったこと。
 ネットが発達した今や、郵便配達も要らないよねと、月水金、あるいは少ない時は火木の週に2回しか配達してもらえなくなっています。日本からの手紙を受け取るのに10日かかります。そんなことで怒ったりしていたら、そちらの方が異常な感じです。
 この国ではエコ意識がとても高く、男性でも必ずエコバッグ持参、量り売りコーナーや、かなり値の張るパン屋さんでも自前のタッパーを持参する姿が見受けられます。オリンピックに向けて有料化とか議論をしている日本を、この国の人たちが見たら「開いた口が塞がらない」状況と思います。
 そもそも背景となるゴミ処理事情も異なります。その点でもこちらはエコへの配慮が行き届いているためか、焼却炉のない国なのです。すべて埋め立て。
 そういうわけで、ビニール袋を使用しない方向でみなさん一丸となって取り組んでいます。
 自転車もヘルメット着用が義務付けられているのですが、老若男女本当によく守られています。日本人の若者は面倒くさいとノーヘルで乗りそうなところを、このような徹底振りは不思議でなりません。

 ネガティブな側面も見えてきました。
 物事の進みが遅い、仕事も雑、あらゆる建物や公共物は、エコの観点から取り壊すことはしない、しかし、経年劣化したまま放置する、本当に末期の段階で改修しても大変ずさんな仕上がり。
 オークランドの目ぬき通りに関していうと、日が暮れる18時にはほとんどが閉店、土日も3割は店を開けていません。治安のいい国ではありますが、目抜き通りでも物騒な気配がします。
 そして不潔ではないけれど、こぎれいでもない。日本の快適さからは本当にほど遠いです。
 国土面積が日本の3/4、人口が1/24の500万人、都道府県順位で9位の福岡県並み。このようなお国事情ゆえに成り立っていることなのかもしれません。

 最新の教育事情も少しずつ見えてきました。
 キリスト教学校の建学の精神にとても似ているところが一般にあり、一人一人の自尊心と社会性を育てようというクリアな目標が見えます。私からするとキリスト信仰に拠るものに見えるのですが、8歳のお子さんをおもちの先生のおっしゃるには、マオリ文化の影響を色濃く受けているのではないか、とのこと。
 最近の小学校の傾向として
  ・ レジリエンスを鍛えること
  ・ 協調しながら問題解決をすること
  ・ 自尊心を高めて、自分の将来像を描きやすくすること
 をかなり重視しているようです。

 学校現場は各国からの視察がひっきりなく、小学校からパッドを使っていろいろな活動をしているようです。
 幼少期より、大切なことをしっかりと伝える様子も見えます。今日も図書館で騒ぐ高校生たちを、大人たちがしっかりと窘めていました。感情的に怒るのではなく、諫めるのです。日本の場合、同様の注意を与える場合があったとしても、どちらかというと「大人」という立場での上から目線の感情論が先だつように見えます。
 私の英語の先生の一人はほぼ同年代でして、比較的リベラルな雰囲気のある地元の公立高校に通っていたとのこと。人生でテストなるものを初めて受けたのは15歳!それにも関わらず、ご本人が相当優秀でいらしたのでしょう、高校は2年までしか通わず、最後の一年はAFSを通してハンガリーに、妹さんも同様にタイに留学されていたとのことでした。
 この方は、日本人並み以上(?)に面倒見がよく、熱心で手厚いケアをして頂いています。まだ小さいお子さんがいらっしゃるので、日本人ほど無理な働き方をされていないとは思いますが、大変な働き者で素晴らしい教育者であることには違いありません。
 知的レベルが高くて勤勉な人々の姿勢や発想は国を超えて普遍的であり、気もちが通じるものだと感じます。

 先生ご自身も留学されたご経験から、同業者の優秀な方々と交流を持たれたご経験がおありかと拝察いたします。
 また、留学されたことで、日本という国も自分のアイデンティティなど、日本にいらっしゃるときには、気づかれなかったことやお考えにならなかったことなどにもたくさん出会う機会がおありでしたでしょう。
 大人になってから国を離れるというのは、学生時代とはまた異なって良いものです。シニア世代での留学は、またさらに異なる視点で物事を捉えられて、より一層楽しいのではないかと本気で思います。

 大変長くなりました。またお便りさせて頂きます。

Ω