散日拾遺

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金曜日 ~ 神は誰と共にあるか

2015-09-27 09:06:01 | 日記

2015年9月25日(金)

 雨の日の憂鬱は人々の傘の扱い。今朝は目黒駅の乗換雑踏の中、長い傘を水平にして脇にはさんでるお利口さんがいる。荷台の材木が後ろへはみ出してるトラックみたいだ。こちらは軽い先端恐怖があったりするので、真後ろにいて甚だ落ち着かない。

 何度目かに胸元に傘が突きつけられたとき、たまらず手で払ってしまった。イヤホン付けた若いようなオジサンのような男がムッとして振り向く。「人混みで危ないですよ、持ち方変えてくれません?」するとこの人、とんでもない大声で喚いたのだ。喚いた言葉が確かに日本語だったはずだが、ただの一言も理解できない。回りがぎょっとして振り返るが、僕は危険を感じるとかいうより、不思議な気分で首を傾げていた。この生き物はいったい何ものだろうという感じで。

 う~ん何て言ったのかな、何も言ってなかったのかもしれない。

 ホームにあがると、入ってきた外回り山手線が中途半端な位置で止まってしまった。列車の後ろ半分はまだ構内に入っていない。そのまま2分、3分・・・今度は何があったの?5分後に事情判明、反対側の内回りホームで駆け込み乗車した客の傘だか荷物だかがドアにはさまり、そのまま発車しそうになったので誰かが気を利かして列車非常停止ボタンを押したのだ。すると必然的に反対側も止まるのである。よくできているような、バカバカしいような。

 最近は毎日のように何か起きるので早めに家を出るようにしており、おかげで診療には遅れずに済んだ。いつまで東京で仕事を続けるか分からないが、リタイアする日にこのことだけは心から嬉しく思うだろう。電車通勤の必要がなくなるという、この点についてはね。

***

 電車通勤なんか楽な話で、患者さん達はそれぞれ今週も懸命に生きている。

 両脚義足のAさんが、御主人の出張土産のお菓子をもってきてくれた。徳洲会なら、これもらってもクビかもしれない。「御迷惑かけて・・・」と彼女が言うのは、お父さんを診てほしいというので予約を設定したが、僕の不在の間にキャンセルしていた件らしい。全然かまわないのに。

 それよりお父さんである。腹痛を訴えて夜中に娘達を呼びつけたり、救急車を何度も呼んだり。その都度受診させるが、CTその他で異常は何も見つからず、内科医達には怒られて ~ 今でもお医者さんって怒るんだね ~ 認知症高齢者のストレス反応ということになり、それで精神科にという予約の経緯だった。

 実は胆石だったのである。

 ある日また腹痛を強く訴え、何度目かの救急搬送でついに胆石が見つかった。大きなコレステロール胆石などは単純レントゲンでも一発で分かるが、砂状のものでこれまで見逃されていたらしい。開けてみたら炎症性の癒着がひどく、相当長い経過だったはずとのこと、手術は4時間だかの異例の長さに及んだそうだ。

 この間、家族は大騒ぎである。今回のMM病院は正しく診療してくれたのは良かったが、どういうわけか家族への連絡を怠ったらしい。救急車で運ばれたが、どこの病院だか分からないというので、一時お父さんが行方不明状態になってしまった。119番に照会したところ、「個人情報なのでどこに運んだかは言えない」というのである。それってどういう冗談?

 冗談ではない21世紀日本の立派な現実、こんなとき君ならどうする?Aさんらは警察に連絡した。地元警察が間に入って、ようやくお父さんの所在が分かったのである。

 この一つの事例の中に、いったいいくつの教訓が入っているか。胆石の診断は専門領域のこととしても、認知症が絡む場合に高齢者の訴えをまともに聞かない傾向とか(これ立派なスティグマ関連事象である)、わからない現象はすべてストレスで片づけて切り捨てることとか、毎日のように聞く話だ。家族への連絡を怠ったまま手術を進めたのが事実なら、仮に法的には問題ないとしても著しく配慮を欠いているし、救急が家族からの照会を個人情報保護法ゆえに拒んだとしたら、法の解釈運用を誤っている。(そうでないなら法改正の必要がある。)

 ゴマメが心中あれこれ歯ぎしりしていると、

 「本当に御迷惑かけちゃって」

 とAさん。何であなたが謝るの?怒っていいところなのに・・・

 「そうなんです、何度も診てもらってたのに、どこでも『何でもない』って言われて。でも、そういうお医者さんに限って、私たちのこと怒るんです。」

 それでもAさんには、ひねくれた表情が少しもない。父親の手術が無事に終わり、父親への信頼も回復できたことを素直に喜んでいる。結婚以来、御主人に遠慮して控えていた教会通いを再開したのだそうだ。クリスチャンってあなたのことだよ。たかが傘ぐらいで事を荒立てる僕なんか、天国からはるか彼方をうろついている。

***

 ポポの飼い主のTさんが、今月もやって来た。こちらもお父さんの認知症がだいぶ進んで、騒ぎが半分、しみじみが半分だと言う。お風呂に入ることを忘れがちだが、以前お湯の中から立ち上がれなくなって怖い思いをしたことを、入浴すると思い出すのだという。

 「それで最近は無理に長湯させないで、テンプラみたいにすぐあげるようにして・・・」

 テンプラ?

 カルテを書く手が止まり、爆笑してしまった。こんな表現、初めて聞いた。何気なく言ったTさんが、つられて涙目して笑っている。

 「ああ、きれいなお風呂だな、こんなきれいなお風呂は生まれて初めてだ。ああ、美味しいご飯だな、こんな美味しいご飯は生まれて初めてだ。美味しいの食べて、きれいなお風呂に入って、明日の朝はきっとイエス様と一緒にいるんだな」

 そう言ってお父さんは、毎晩床につくのだそうである。

 主イエスは、いま彼とともにある。


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