2022年1月24日(月)
「どうしたことか手許に見あたらない」とボヤいた後、真剣に探し直してみたが、やっぱり見あたらない。間違えて田舎に送ったか、息子に持って行かれてしまったか、何しろこの名調子は折に触れて読み直したいもので、手許にないという生活は考えられない。
無駄を承知で再度購入しようと腹を括り Amazon で検索したところ、Kindle なら無料とある。やったとばかりクリックしたら、即座に画面に現われたメッセージ…
お客様は、2014/1/5 に 二流の人 を注文されています。
何とまぁ、8年前にもまったく同じ騒ぎをやらかしていたのである。なるほどクラウドの中に確かにあった。その後あらためて紙ベースのものを読んだ記憶が確かにあるのだが、それすら自信が持てなくなった。
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「名を捨てて実をとる、といふのが家康の持って生れた根性で、ドングリ共が名誉だ意地だと騒いでゐるとき、土百姓の精神で悠々実質をかせいでゐた。変な例だが、愛妾に就て之を見ても、生活の全部に徹底した彼の根性はよく分る。秀吉はお嬢さん好き、名流好きで、淀君は信長の妹お市の方の長女であり、加賀局は前田利家の三女、松の丸殿は京極高吉の娘、三条局は蒲生氏郷の娘、三丸殿は信長の第五女、姫路殿は信長の弟信包(のぶかね)の娘、主筋の令嬢をズラリと妾に並べてゐる。たまたま千利休という町人の娘にふられた。
ところが家康ときた日には、阿茶局が遠州金谷の鍛冶屋の女房で前夫に二人の子供があり、阿亀の方が石清水八幡宮の修験者の娘、西郷局は戸塚某の女房で一男一女の子持ちの女、その他神尾某の子持ちの後家だの、甲州武士三井某の女房(之も子持ち)だの、阿松の方がただ一人武田信玄の一族で、之だけは素性がよかった。妾の半数が子持ちの後家で、家康は素性など眼中にない。ジュリヤおたあといふ朝鮮人の侍女にも惚れたが、之は切支丹で妾にならぬから、島流しにした。伊豆大島、波浮の近くのオタイネ明神といふのがこの侍女の碑であると云ふ。徹底した実質主義者で、夢想児の甘さが微塵もない人であった。」
坂口安吾『二流の人』冒頭から12~14%あたり
あれ?ちょっと混乱があるような。
先にも引いたとおり、リストの中に「於茶阿(おちゃあ)の方」と「阿茶(あちゃ)局」があり、名は似ていても全く別人である。「遠州金谷の鍛冶屋の女房」は「於茶阿」の話で、「阿茶局」は「神尾某の子持ちの後家」の方ではないか。
このあたり安吾先生の筆法もやや乱暴で、阿茶局は武田の家臣飯田氏の出自、その前夫の神尾某は今川の家臣だから、歴とした武家の女であって鍛冶屋の女房と同列の素性ではない。前夫に死なれて再嫁するのはこの時代珍しくもないことで、それで素性が怪しくなるわけではない。秀吉の名流好みとの対照はおっしゃる通りであるけれど。
ついでながら、上の書き方では家康が鍛冶屋の女房に横恋慕して夫から取り上げたようにも読めるが、さにあらず。前夫が鍛冶屋仲間に打ち殺されたので、その仇を討ってやって室に入れた云々の経緯があったはずだ。そのことも『二流の人』で読んだように思ったのだが。
ああ、記憶はもはやアテにならない。全然、まったくアテにならない。
Ω