一韶の俳句ブログ

俳句を詠うのは自然・私・家族・夢や希望・社会など。読む時はどんな解釈が浮かぶか読み手の経験や生活によって様々

3021  盲聾の犬抱き寄せし寒夜かな   釣舟

2023年12月21日 | 

(もうろうの いぬだきよせし かんやかな)

 先月、我が家の雑種犬デンが、十四才で亡くなりました。半年ぐらい前から、次第に老衰の症状が出てきました。自力で車に乗れない。何でもないところで躓く、転ぶ。やたらと水を飲む。呼んだら反対に振り返る。目が見えなくなり真っ直ぐ歩けない、壁にぶつかる。次第に食べなくなる、水を飲まなくなる。痩せてくる。寝たきりになる。明日の我が身を見ているようでした。

冬の雨死にゆく犬の足擦る

木枯や空見上げては墓を掘る

犬の墓穴深々と落葉敷く

亡骸に土を掛けゆく寒さかな

君の居るごとくストーブ焚きにけり

お墓には、文旦の苗を植えました。周りには、白椿、満作、紅葉、金柑、紫陽花があります。一年中楽しんでね!

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3020  新之助てふ新米を白粥に  冬華  

2023年12月15日 | 

 コシヒカリ70%の生産量を誇る新潟県で、気候によるリスク分散を図るため、早生品種の「こしいぶき」と晩成品種の「新之助」を開発したという。2017年より販売を開始し、コシヒカリの遺伝子を25%受け継いでいるが、その食味はまったく異なるという。

 さてこの句、新之助、新米、白粥という「し」音の繰り返しが心地よいですね。但し、白粥にしてしまって、新之助の美味さが消えていないか、気になる所です。

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3019  ふる里の駄菓子屋も消え鰯雲  凛

2023年12月10日 | 

 物心が付いた頃、我が家にあった電気製品は、裸電球とラジオのみだった。それから洗濯機が来て、冷蔵庫、テレビ、黒電話、蛍光灯が来た。自転車とリヤカーがスクーターになり軽自動車になり、普通車になっていった。

 当時の田舎には小さな雑貨屋があり、そこには子供たちのための駄菓子、大人のための食料品、農具、金物、酒、たばこ、燃料などを揃えていた。

 地域によっては、子供たち専用の駄菓子屋もあった。この句の駄菓子屋は、作者の年齢を考えると、ウン十年前に足繁く通った駄菓子屋なのであろう。

 産業革命以後の科学文明は、幾何級数的に変化している。生まれるものと滅びるもの、その変化に右往左往せず、地道に生きていきたいと思うこの頃である。最近は、パソコン、スマホは当たり前、自動運転の車やドローンのタクシーが完成間近である。しかし、科学は進歩しても、戦争はなくならない。人類は愚かのままだ。人類破滅を危惧するのも私だけではあるまい。

 さて、あるものを詠うのが俳句の基本ではあるが、この句のように無いもの、無くなってしまうものを詠うこともできるのである。

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3018  第497回 岩戸句会 11月 

2023年12月06日 | 岩戸句会

ふる里の駄菓子屋も消え鰯雲     凛 

身の軽き茶髪の庭師冬構       〃

     

冬構始まる脚立運ぶより       冬華          

新之助てふ新米を白粥に        〃

 

サッチモをバーボンで聴く寒夜かな  仁 

うとましや時雨の夜の腰の骨     〃

 

冬構伊豆の山々セピア色       豊狂

朝時雨ゴミ出し男背丸し       〃

        〃

畑道の草寝そべりて冬ぬくし     信天翁

冬ぬくし身動き軽き昼下がり      〃

 

老集う居酒屋ムード囲炉裏端     淡白           

大松の枯れ葉重なりゴザ模様      〃

 

奥付の横に旧姓一葉忌         紅 

残菊や畝の隅っこに括られし      〃

 

もの言えぬ犬の涙や山眠る       コトリ

榛の実をクシュクシュ踏んで山路かな   〃

        

初霜のたよりを聞けば冬構       みやび

あと五分ふとんをかぶりしがみつく    〃

  

立冬に夏日を記すエルニーニョ     伊豆山人 

酉の市熊手にサイフが届かない      〃

 

花八ツ手死にゆく犬の眼に泪          釣舟             

亡骸に土を掛けゆく寒さかな       〃

       

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3017 鵙高音国宝立正安国論  釣舟 

2023年11月23日 | 

(もずたかね こくほうりっしょう あんこくろん)

 平清盛(1118~1181)が武士政権を起こし、朝廷にまで権勢を誇った平家時代は、壇ノ浦の戦いによって25年の短命に終わった。替わったのは、源頼朝の起こした鎌倉政権であったが、源氏も滅ぼされ、北条氏に取って替わられた。

  鴨長明の「方丈記」によると、鎌倉幕府が成立するまでに、京都では様々な自然災害や大火があった。

1177年      京都の大火 (安元3年4月28日)

1180年      京都の竜巻 (治承4年)

1180年      福原遷都  (治承4年)

1181~1182年 養和の飢饉 (養和年間)

1185年      京都の地震 (元暦2年7月9日)

1185       頼朝により鎌倉幕府が開かれた。(文治元年)

 そういった社会不安の中から鎌倉幕府が誕生し、「鎌倉新仏教」と称する仏教が勃興したのだ。法然(浄土宗)・親鸞(浄土真宗)・栄西(臨済宗)・道元(曹洞宗)・日蓮(日蓮宗)・一遍(時宗)によって始められた六宗である。

 北条政権になってから、室町幕府が成立する1336年(建武3年)までの、鎌倉時代150年間も、地震・暴風雨・飢饉・疫病などの災害が相次いだ。当時鎌倉にいた日蓮は、執権北条時頼に「立正安国論」を提出した。しかし、時頼から「政治批判」と見なされて、翌年に日蓮は伊豆国に流罪となった。市川の中山法華経寺には、国宝の「立正安国論」がある。

鴨長明 1155~1216

親鸞  1173~1263

道元  1200~1253

日蓮  1222~1282

一遍  1234~1289

さて、現今の日本では、2025年問題などと、世界規模での危機意識を煽っている人々がいるようだが、自民党政権による政治の腐敗と堕落、日本の経済的没落のこの30年を鑑みると、あながち荒唐無稽とは言えない。

 社会不安は第一に、(地震、風水害、気候変動、食糧危機)など、政府が関与しても修復できないような大規模な自然災害から始まるのが常である。社会の不安から混乱へ、治安が悪化し、内乱や戦争に発展する危機を孕んでいる。

食用菊(もってのほか)

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3015  下校時の鞄跳ねてる秋麗  豊狂

2023年11月20日 | 

 (げこうじの かばんはねてる あきうらら) 

  新型コロナのパンデミックがようやく収まったけれど、11月なのに早インフルエンザが猛威を振るっているという。10月27日時点の全国では、学級閉鎖2939学級,学校閉鎖55校に及んでいる、という。

 しかし、雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持っている子が、熱海にはたくさんいるようで心強い。

 この句、背中の鞄に焦点を当て、元気な子供の様子をとらえている。秋麗という季語の斡旋によって、作者の微笑みさえ見えてくる。

鰯雲(鱗雲、鯖雲などとも)

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3014  行く秋の我に神なし仏なし  子規

2023年10月27日 | 

 明治を生きた子規は、俳句、短歌、小説、評論など多方面にわたり創作活動を行い、漱石や虚子などに俳句を指導し、日本の近代文学に多大な影響を及ぼした。

日清戦争に記者として従軍、その帰路に喀血し、次第に結核に侵されていった。以後35才で亡くなるまでの7年間、子規庵で句会や歌会を催し創作活動を行った。しかし、病床の子規にとって、やり残したことが多々あったはずである。

「まだ死にたくない。神様、仏様助けて下さい」と懇願し祈ったに違いない。しかし、病は重くなるばかりで、その苦痛に耐えかねて掲句になったのであろう。

ソバ(蕎麦)の花

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3013  石山の石より白し秋の風   芭蕉

2023年10月25日 | 

「青春、朱夏、白秋、玄冬」と季節を色で示すのは、陰陽五行思想からきている。この句の「白し」は、秋風のことを言っているというよりは、秋の深まりをも言っている、と解釈すべきである。つまり、

「古来、秋は白いと言われているが、近頃は朱夏の暑さも収まり、白秋はすっかり深まって、ここの石山の石より白いのである。そこに心地良い秋風が吹いている。」

ウド(独活)

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3012  御祝詞朗々として無月かな   釣舟

2023年10月19日 | 

(おんのりと ろうろうとして むげつかな)

 江戸時代までの日本人の夜となれば、ほの暗い蝋燭の明かりで、家族と過ごす時間のみが豊かに流れていた。そんな夜の生活の中で、夏の猛暑が去って涼しくなり、屋外に出ても蚊が少なくなり、月が如何に大きな存在であったかは、想像に難くないであろう。

 日本人にとって、旧暦で月日が動くのも、月とのかかわりがし易かったであろう。毎月の1日は月がない朔であり、7日は上弦、15日は満月、23日は下弦、そして1日に戻る繰り返し・・・一日の半分が夜となれば、昼の太陽以上に、夜の闇における月の存在は人々にとって大きかったのである。

 落語で「おい、八つぁん、天気もいいし15日だから遊びに行こうぜ」という、満月の夜の月明かりを頼みにして、夜遊びに誘う会話が成り立つのである。

月は一年中存在し、最も鮮明に見えるのは、空気が最も澄む冬である。しかし、季語としての月は、冬ではなく秋である。これは単に、夏は蚊が多く冬は寒いので、屋外での鑑賞に耐えないからである。

 現代日本人は、室内外を問わず、電気による照明という実に明かるい夜の生活をするようになった。テレビなどの娯楽があり、屋外に出て月や星を眺める習慣を全く失ったといっても過言ではなかろう。

 又、天の川(銀河)などは、夜空が明るすぎて日本国内のほとんどで見ることができない。日本の小学生の半数が、魚は切り身であると思い込み、月の満ち欠けを知らない、という話を聞いたことがあるが、信じるに足る恐るべき話である。夜空は、暗いほど星が良く見え、月の明るさが増すのである。 

 さて、江戸時代以前の人々にとって、秋に月を愛でる夜時間はたっぷりあった。いわゆる夜長である。14日の夜から20日の夜までの月の名前をみれば、月に対する人々の暮らしようが、よく分かる。

 又、月に関する言葉の数を見ても、日本人の月に対する愛着がどんなに強かったかが、分かるであろう。尚、十五夜や十三夜にお供えをして月を祭る風習は、日本以外にはないそうである。以下、月に関する言葉と意味を調べて見た。 

小望月、待宵・・・明日の十五夜を待ちかねて、満月を恋うている

名月、無月、雨月・・・一年で最高の満月を愛でる。なくても愛でる。

十六夜(いざよい)・・・月の出が遅いのをいざよう(ためらう)

十七夜・立待月(たちまちづき)、

十八夜・居待月(いまちづき)、

十九夜・寝待月(ねまちづき)、臥待月(ふしまちづき)

二十夜・更待月(ふけまちづき) 

下弦の月 満月と次の新月の間の半月をいう。逆Dの字で次第に欠けて行く。

二十三夜待ち 陰暦23日の夜半過ぎに月待ちをすることで願い事が叶うと言われている。

二十六夜(にじゅうろくや) 陰暦26日の月のこと。

虧月(きげつ) 満月から新月までの間の、次第に欠けて細くなってゆく月のこと。

晦(つきごもり) 月隠り(つきごもり)が転じたもので月の末日、晦日(みそか)のこと。

中秋/仲秋 陰暦8月15日のこと。秋(陰暦7、8、9月)の最中にあたるところから中秋という。

月待ち 月の13日・17日・19日・23日などの夜に人々が集まり、月の出を待って拝む行事のこと。

月見 観月(かんげつ)ともいう。特に陰暦8月15日と9月13日の月を観ることをいう。

月の頃 満月前後の月の眺めの良い頃のこと。

寒月(かんげつ) 冷たく冴えた冬の月のこと。

月天心(つきてんしん) 冬の満月は頭の真上近くを通り、天の中心を通っているように見える。

雨月(うげつ)/雨夜(あまよ)の月 雨で見ることのできない名月を言う。恋人の姿を想像するだけで実際には見られないことに例えて言う。

雪待月(ゆきまちづき) 今にも降り始めそうな雪催いの空にかかっている月のこと。陰暦11月をいう

薄月(うすづき)月が霞んではっきりしない。そのような夜のことを薄月夜(うすづきよ)という。

明月(めいげつ) 清く澄んだ月のことで、名月をさす。

弓張月(ゆみはりづき)/弦月(げんげつ) 弓のような形をした月のことで、上弦または下弦の月。

天満月(あまみつつき) 満月のこと。天満星(あまみつほし)は夜空一面の星をさす。

月白、月代(つきしろ)/額月(ひたいづき) 月が出ようとしている時、空が明るくなる状態をいう。

田毎(たごと)の月 小さく区切った棚田ごとに映る月のこと。

月宿る 月がその夜の座を占めること。

白道(はくどう) 月が天球上に描く軌道のこと。

月明かり/月光・月華(げっか)・月明(げつめい) 月の光、または月の光で明るいことをいう。

月下(げっか) 月の光のさす所。夏の夜に咲く純白の大輪を月下美人という。月下香(チュベローズ、オランダ水仙)は夜強い芳香がある。

月夕(げっせき)月が煌々と照っている夜のことで、陰暦8月15日の夜をさすこともある。

月前(げつぜん) 月光が照らしている範囲。他の勢力の前で影が薄くなった存在を月前の星という。

月影(つきかげ) 月または月光のこと。更に月の形、月の姿、あるいは月の光で映るものの影のこと。

月の氷 澄み渡った夜空に冴えた月が氷のように見えることや、月光が水に映って煌く様子をいう。

月の剣/月の眉 三日月の異称。

月の霜/月の雫 月の光が冴えて白いのを霜にたとえて言う言葉。同じように月の雫と言えば露をさす。

月の鏡 月の形を鏡に見立てたもので、満月または晴れ渡った月のこと。

月の真澄鏡(ますかがみ) 月影を映す池の面を澄み切った鏡に例えた言葉。

月の盃(さかずき)弓なりに反った月を盃に見立てていう言葉。

月の船 夜空を海に見立て、月が動いて行く様子を船に例えた言葉。

月に磨く 月の光に照らされ、景色が一段と美しくなること。

月に明かす 月を見ながら夜を明かすこと。

月色(げっしょく)月の光または月の色のこと。同じように月の光をさすものに月気(げっき)がある。

月の顔 月または月の光のこと。

月輪(げつりん)月の異称。月の形が丸く輪のように見えるところから言う。

月魄(げっぱく) 月または月の精や神をさす。

月暈(つきかさ) 月の周囲に見える光の輪のこと。

夕月(ゆうづき) 夕方の月のこと。

掩蔽(えんぺい)/星食(せいしょく) 月が恒星や惑星の前を通って隠す現象。

黄昏月 黄昏時に西の空にかかる細い月のこと。

宵月 宵の間に見える月のこと。また宵の間だけ月のある夜のことを宵月夜という。

朧月(おぼろづき) 春の宵などの仄かに霞んだ月のこと。その夜のことを朧夜または朧月夜という。

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3011  猛暑日の真夜中に聞く蝉時雨    流水 

2023年09月19日 | 

 この句の作者は、昼の猛暑と熱帯夜によって気がおかしくなり、幻聴によって蝉時雨を聞いたのではないだろうか。真夜中に蝉が寝ぼけたようにジジッと鳴く声はよく聞くが、深夜の蝉時雨など聞いたことがない。

 ところが作者に聞くと、「気がふれたわけではなく、事実です。都会では深夜なお明かるく、蝉の合唱が続いていた」という。本当だろうか。

 作者が正気だったか狂気だったか、どちらを選ぶか。鑑賞者の私としては、狂気を選ぶ。何故ならその方が面白いからだ。作者にとっては実に失礼な話であり、私としては実に無責任な選択である。

 さて、蛇足ですが、昭和24年、旧漢字の「氣」は当用漢字ではなくなり、「気」が当用漢字になりました。「氣」は八方に広がる字であり、「気」は真逆の内向する字である。国語審議会が何故変えたのか、不思議でならない。

ウド(独活)の花

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3010  伊豆山の花火鎮魂の手を合わす   伊豆山人

2023年09月13日 | 

 2021年7月3日、伊豆山土石流が発生し、死者28名、被害建物136棟、被災地は未だに立ち入り禁止になっている。早、鎮魂の三回忌である。

 現在、原告被災者遺族は、熱海市と静岡県に対し、64億円の損害賠償を求めて裁判で争っている。暴力団がらみの業者に投棄を許可し、許可以上の不法投棄を知りながら強い行政指導を行わなかった熱海市と静岡県の責任は重い。はてさて、結審や和解に一体何年かかるのだろうか。

 原爆被害者、水俣病患者、福島原発事故被災者、地震や台風など、様々な被害者救済を渋り、国や県は責任をなかなか認めようとしない。

 情けないことに、最高裁の裁判までやると、十年以上かかり、国や県は被害者の高齢化や死亡を期待して、諦めさせることが国や県のねらいであり、そうなれば役人たちの思う壺なのだ。不法投棄業者を逮捕できず、被災者を救済しない国、県、市町村の議員や役人の存在、それこそ救いようのない状況が続いている。

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3009 岩戸句会 8月

2023年09月10日 | 

伊豆山の花火に鎮魂手を合わす   伊豆山人

盆の月初島照らす灯台か       〃

  

夕散歩追尾執拗アオマツムシ    豊狂

夏の夕破れ幟と仕舞屋と       〃

 

猛暑日の真夜中に聞く蝉時雨    流水 

寝苦しき闇を切り裂く救急車     〃 

 

かくれ湯へ長き廊下や虫の宿    吟

邯鄲や答え待つかに間を置いて   〃

 

雲散って空の青さや夏薊      黒薔薇       

小川路きらきら泡ふく沢蟹     〃

                         

静けさを奏でる小川赤とんぼ    信天翁

秋立ちてせせらぎの音風の音     〃

 

遠ざかる昭和夾竹桃の白      紅

連山の青き嶺々雲の峰       〃

 

小ヤモリが葉っぱの裏で雨宿り   ことり

夏休みこのひとときは陶芸家    〃

     

ボンベ引きずり共に夏生きる    余白

疎開先蝉の鳴く声父の森       〃

 

縁の糸ただ一心に墓洗う      心

今生を惜しみて鳴ける秋の蝉    〃

     

赤とんぼ廃墟に沈む夕富嶽     吠沖

こころのなかあちこち迷走夏颱風  〃

 

七夕や湯気立ちの釜銀河菓子    翠風

七夕や満天の星朝茶事       〃

 

休み窯空のこころにちちろ鳴く   釣船

原爆忌・敗戦日・盆・無為徒食    〃

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3008 暮の秋チーズが好きになりました  釣舟

2023年09月07日 | 

 60年前10歳の頃、生まれて初めてチーズを食べさせらた。多分、雪印のプロセスチーズである。第一印象は、臭くて不味いと思い吐き出してしまった。これを見た父は、太平洋戦争の軍隊帰りで非常に厳しかったし、私がチーズ嫌い、と分かったので、ほとんど毎日食べさせられたのだ。ところが2,3年経ったある日、突然「あれ、このチーズ旨いな」と思ったのだ。

 私がこの経験から導いた結論は「どんなに不味いものでも、食べ続ければ美味しく感じるようになる。何故ならば、どこかで誰かが美味しいと思って食べているから、この世に存在し、誰かによって作られているのだ」

 子供は、香りの強いもの、例えばニンジン、ピーマン、ホーレンソウ、メロンなどが嫌いなようである。しかし継続的に我慢して食べることによって、クサヤ、鮒寿司などどんなに臭くて不味いと思っていても、美味しいと思うようになり、好きになっていくのである。今では、父の様々な食の強要について、大いに感謝している。現代では「子供に嫌いな食べものを強要することは、親として良くない」という風潮が強くなっている。

 別の例でいえば、左利きの子供を右利きに矯正するのは、最近は良くないとされているようである。しかし、脳や身体的機能の成長を考えると、矯正した方が有利なのである。イチロー、松井秀喜、大谷翔平、村上宗隆など、野球選手に右投げ左打ちの一流選手が多いのは、一塁ベースが近いから有利、という理由だけではないのである。

ムクゲ(木槿)、(宗旦木槿、底紅木槿とも)

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3007  老犬に母の蛍が来てとまる  雲水

2023年08月26日 | 

 昔、蛍を見た時、瞬時に「母だ」と思った。私の場合は、疑う余地がない実感であった。水もない山中に蛍が来た不思議。この40年でたった一度切りの不思議。蛍が母であると思った不思議。この世には、事実かどうか、分からないことが沢山ある。

「虫に死者の霊を感じたことがあるか」

「雪女や佐保姫を見たことがあるか」

「幽霊や、亡霊を見たことがあるか?」

「火の玉を見たことがあるか?」

「河童や座敷童子をみたことがあるか?」

「ネッシーを見たことがあるか?」

「正夢を見たことがあるか?」

「臨死体験はあるか」

「UFOを見たことがあるか?」

死者の霊、幽霊、亡霊、雪女、佐保姫、火の玉、ネッシー、UFOなど、画像や文献で知識として知っていることと、実際に見た実体験したこととは、全く違う。天地の差がある。

例えば、映画やテレビで観たからといって、知識として「知っている」とは言えても、「体験した」、とは言えない。

 昔からの、これらの民間伝承は、ある人が見た、と言ったことが流布し伝承され、存在の信憑性が増していって、次第に現実味を帯び、時には文章化され、ドラマ化されたりして、人々に信用されていったのだ。但し、本当に見たことのある人はほとんどいない。

だからこそ、俳句にとって実体験こそが、最も重要なのだ。実体験の話を聞いた人は、「本当だろうか?」と疑うこともできるし、信じないこともできる。但し、その話をした人は証明することはできないし、聞いた人は否定することもできないのである。

クサギ(臭木)

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3006  今日揚羽昨日金蚉あなたなの おぼこ

2023年08月18日 | 

 この句は、揚羽蝶とカナブン(金蚉、金亀虫、金蚊)に、亡くなった人へ「あなたなの?」と、問い掛けているのだ。

 さて、亡くなった人の霊魂は、身内など心を寄せていた人の魂と繋がっていて、大切な人をいつも見守っている、と言われている。

昆虫に出会ったふとした瞬間に、亡くなった人の気配を感じたり、死者の霊が会いに来た、と感じたりする、と言われている。その第一が蛍であろう。勿論、蝶や金蚉にも死者の霊が宿ると言われている。

「虫の知らせ」と一般的には言われているように、親しかった死者の見守りを昆虫に感じたり、何かの危険を昆虫が回避してくれた、などと感じるのである。

 お盆は過ぎてしまったが 、霊、魂、極楽(天国)、地獄、迎え火、送り火、先祖供養など、行事を含むその本質を今一度考えてみてはいかがでしょうか。参考に、矢作直樹の「人は死なない」をお読み下さい。

キンシバイ(金糸梅)

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