その後のお医者様は酷く動揺しているようでした。
暫く宙を見つめて考えていましたが、その後どっかりと椅子に腰を下ろし、
机に向かうと蛍さんを横にカルテを眺めているようでした。
「困ったなぁ、如何しよう。」
そう呟く声が蛍さんにも聞こえました。少ししょんぼりしたように見えるお医者様は、漸く蛍さんに向き直ると、
「まぁ、まず君の治療を済ませてから、それから考えてみよう。」
そう言って蛍さんの包帯を取るように言うと、古参の看護婦さんが不承不承な態度で包帯を巻きとるのでした。
お医者様はガーゼの下の傷口の具合を見ると、
「良くなっているよ。傷は問題ないね。傷はね。」
そんな事を苦情のように意味あり気に言って、機嫌の悪い看護婦さんと交代して傍にやって来た新しい看護婦さんに、
消毒とガーゼの交換をするよう指示すると、再び机に向き直り、カルテに何やら書き込んで悩んでいるのでした。
蛍さんは新しい看護婦さんに包帯を巻いて貰いました。そして全く訳の分からない内に彼女の診療は終わったのです。
この時、診察室の奥で薬瓶を整理しながら、古参の看護婦さんが思い余ったように声を上げました。
「早めに退院してもらって。」
とても憤った不機嫌な声でした。この暴言ともいえる言葉に、蛍さんの父も何やら思ったようです。
如何なっているのかと、言葉を発した看護婦さんとは違う若い看護婦さんに尋ねてみます。
「何かあったんですか?」
家の子が何か失礼な事をしたのでしょうか?そう尋ねる父に、気のよさそうな若い看護婦さんは答えます。
「いえね、子供同士の事なんですけど、内の病院のお嬢さんとさっきのお隣の坊ちゃんは、同い年で仲がいいんです。」
そんな事を話します。
「学校へ行く時も帰る時も、帰って来てからも、いつも一緒に遊んだり勉強したり…。」
「一寸、何でも知らない人に話をしては駄目でしょう。」
何処の誰とも分からない、しかもお嬢さんのライバルになるかもしれないお家の人になんて。
そんな鞘当てするような声まで飛んで来ては、蛍さんの父も緊張して顔が強張ってしまいました。
父が話をしていた若い看護婦さんは一寸舌を出して、愛くるしい笑顔を浮かべると、やれやれという感じで、
「将来の事なんてまだ分からないのに、大人が如何こう言ってもしょうがないでしょうに。」
そうさばさばとした調子で言うと、さっさと診察室から廊下へと出て行ってしまいました。
「次の方どうぞ。」
そんな声に促されるように、蛍さんの父はハッとして顔を曇らせると蛍さんの肩に手をかけ、彼女を急き立てて診察室を後にしました。