『ライバル登場か。』
蛍さんの父は娘の病室に戻り、娘を寝台に寝かせ自分は寝台の傍らの椅子に腰を下ろすと考えました。
そして、隣の坊ちゃん、という言葉にはたと気付くのでした。
「隣だって?!」
つい言葉に出てしまいます。
えー、じゃあここは、そう思うと自分達が良いように相手の手の内に取り込まれているのだという不安感、
恐怖めいたものをひしひしと感じ取るのでした。
『それで義姉さんがいち早く姿を消したのだ!』あの丁寧な義姉さんが、あっけなく消えてしまったのは実に不思議だと思ったが、
義姉さんはこの内に劣勢な情態を何かでいち早く察知して、機敏に事に対処したんだなぁと、蛍さんの父は改めて兄嫁の世渡りの巧みさに感じ入るのでした。
「うーむ。確かに兄さんは良い嫁を貰った。」
全く父の言う通りだと感服して唸っている所へ、当の蛍さんの祖父、彼の父が入り口から入って来ました。
「お前何かあったのか?」
不安げに顔を曇らせて蛍さんの祖父は息子に尋ねました。
「今階下で、何だか婦長さんとかいう人から直ぐ退院してくれと言われたが、ホーちゃんの具合は?大丈夫なのかい?」
さあな、と蛍さんの父は答えます。
「この病院は人の怪我より身内の事大事なのさ。」
そう言って、診察室で聞いた話を父にするのでした。
「おとっちゃんは知っていたのかい?」
そう蛍さんの父が彼の父に尋ねると、ああ、昨日知ったんだよと父は平静に答えます。
「お前から向こうの電話番号を貰っただろう。」
そう言って蛍さんの祖父は胸元から白い紙きれを取り出して息子に渡しました。
「その紙に書いてある住所が隣だよ。」
じゃあ、本当に向こうさんはこの隣に住んでいるんだね。蛍さんの父は全くもって信じられないという感じで目を丸くしてしまいました。
何でこんな事になったんだい?タクシーは家に帰る途中でこの病院に来たんだろう。
この住所からすると、ここは寺から家に向かう方向と逆の方向じゃないのか。そう蛍さんの父は不安そうに、不思議そうに声を落として喋るのでした。
「そこだよ。」
祖父は言います。私もこの事実を知った時には愕然としたものだ。どうなっているのかねぇ。
何処でこんな事になる羽目になったのか、どう考えても合点がいかないんだ。祖父は事態を読み切れ無かった事に息子同様不安感を抱いていました。
が、今更考えてもどうなるというものでもあるまい。向こうさんの方が一枚上手だったという事だよ。
そうだろうと祖父は覚悟を決めたように息子に言うのでした。父の言葉に息子は顎を出すと、
「そうだけど、今からでも何とかなるんじゃないか。」
病院では退院してくれと言っているんだから、このまますぐに車を呼んで家に帰ってしまおう。明日になれば向こうでも大きな病院が開くだろうし、
ここより病院も大きい方が安心というものだ。そう蛍さんの父は祖父に自分の意見を言うのでした。