蛍さんの父が彼女の病室で帰り支度をしていると、病室の入り口に光君の祖父が顔を出しました。
蛍さんの祖父がそれを見ておやと声を発します。
「おまえ、…」
そう祖父が息子に声をかけると、蛍さんの父も入口の光君の祖父に顔を向けました。
「あら、これは、」
そう言ってから、先程はどうもと、まあまあという感じで内心冷や汗をかきながら笑顔を作ると、如何されましたかと尋ねます。
「いえ、内の孫も入院する事になりましてね。」
ほー、それはそれはと大袈裟に父が気の毒がると、蛍さんの祖父は、こらこらという感じで目で息子を制し向こうの祖父に
「大変ですな、ご心配でしょう。」
と声をかけました。
「はは、まぁ、大したことは無いのですが、先程治療した後家に帰る途中で転んだとかで、間の悪い事に家の角にある電柱にぶつけましてね、」
たん瘤を電柱に巻いてあった金属の看板の先で切りまして、今縫っている所です。大事を取って入院させることにしました。
「この部屋から直ぐの向こうの部屋です。入院仲間という事で、良かったら遊びに来てやってください。」
孫も喜びますから。そう一言添えると光君の祖父は笑顔で挨拶を終えました。
「へー、そんな事がね。」
と、父はあくまで強気で大袈裟に驚いて見せます。
「大層な災難にお遭いになって、余程日頃の行いが良いのでしょうなぁ。」
等と嫌味の1つも出てしまいました。光君の祖父は顔を曇らせました。
「あなたさん、家の孫に何か一物おあり何ですか。」
こっちは先程の、お嬢さんの言葉の非礼の事は言わないでいるのに、孫には因縁をつけるんですか?
「あら、娘がここにいるのは、元はと言えばそちらさんのせいじゃないですか。」
そう父が言い出した時、蛍さんの祖父が再びそれを制しました。
「いえ、実は、この病院がお宅様の隣と知りましてね、妙だという事になりまして。」
「しかも、こちらの病院のお嬢さんとお宅のお孫さんは同い年で酷く仲が良いと聞きました。だからもう退院してくれと言われる始末でして。」
それで今せっせと家に帰る準備をしている所なんです。
退院すればここに入院していない事になる訳ですから、お宅様とは仲間にはならないと思いましてね。
そう祖父も非難するような眼で光君の祖父を見ながら、口調だけは丁寧に落ち着いて話します。
「まあ、誰がそんな根も葉もない事を言ったんですか?」
光君の祖父はええっとばかりにそう言うと、意外な事に本当に驚いたようでした。