彼は図書館からの帰り道、つい苦笑してしまうので困ってしまいました。このように1人思い出し笑いをしていては、道行く人に変に思われるのではないかと思うと、湧いてくる自分の妙な笑いを引っ込めるのに大層苦労していました。
『いやぁ自分も年を取ったなぁ』
と、人目のある所でふふふと笑いだしてしまう無節操な自分に呆れて、そんな点でもやはり苦笑してしまうのでした。若い頃はこんな人目のある道端で、そんな不遜な行いはしなかったものだ。紫苑さんははあぁと、道の端にある電柱に手を着いて溜息を吐きました。
彼は現在独り身の所在無さで日々を過ごしているので、暇つぶしに出かける図書館で時折出会う、近頃には珍しく生真面目で勤勉な若者、鷹雄という名前の若者と話す内に、何時しか彼の事を気に入ってしまい、今日まであれこれと世話を焼いて来たのでした。彼は見た目も名前も和風なのに、勤勉な割には日常の一寸した日本人の常識を知らないという、ややお粗末な状態なので、紫煙さんは、今迄特に尋ねたことは無かったのですが、彼は親の仕事で外国に駐在し、その後帰国して来た帰国子女の1人か、どこかの国へ移民した日本人の子孫で、その国での日系何世かにあたる日本への留学生なのだろうと推察していました。
「今度会ったら聞いてみよう。」
未だ自宅への帰途の道の上、思わずこう声に漏らしてしまうと、紫苑さんは再びハッとして周囲を見回してしまうのでした。彼より自分の方が余程どうかしているのかもしれない。自分がこうだから、少し変わった彼が自分に寄って来たのかもしれないなぁと、紫苑さんは鷹夫君との最初の出会いの時を思い出すように自分の記憶を辿ってみるのでした。