紫苑さんはほうっと溜息をつきました。
『揶揄われたのかなぁ?』
彼は首を捻って考えてしまいました。
「何時も礼儀正しい若輩者の彼が、あんな事を言い出すとは思わなかった。」
てっきりふざけているのだと思い、自分は自分を馬鹿にしているのだと、一瞬ムッ!としたものだ。こう紫苑さんは思い出すと、『あの時、ついきっ!と彼を睨みつけてしまって、随分悪い事をしてしまったなぁ。』と後悔するのでした。
その後の彼の直立した姿勢や、きりりとした顔付を見ていると、紫苑さんは目の前の若者がごく真面目に文章を読み続けているのだと理解出来ました。そして何時もの様に礼儀正しいままの彼なのだと判断したのでした。
『どうもそうではないらしい』
こう内心呟くと、紫苑さんは、彼はこれを真面目に言っているのか?と考えて、彼の事をどう判断したものかと、思わずしかめっ面をして眉根に皺を寄せそうになりました。それでその後は、普段の様に表面、普通の顔を作るのに苦労してしまいました。目の前の、何時もそれとなく親身になって面倒を見ていた若者を妙な心持で眺めていると、彼が台詞を言い終えました。
「まぁ、それでいいんじゃないでしょうか。」
穏やかな笑みを両頬に浮かべて、紫苑さんはなるべく普段通りの声音になるように努力してそれだけ言うと
「ちょっと用を思い出したので」
と、今日はこの辺で失礼しますよと言うと、早々に図書館から退出して来たのでした。