Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華3 156

2021-05-14 09:41:38 | 日記
    食堂の店主が電話を掛けようとしている所へ、ばたばたばた…、この店の広い往来に向けた方の入り口、この食堂の正面入口の暖簾を勢いよく分けて、急ぎ店内に駆け込んで来た人間がいる。

「どうなさったんで、旦那さん。」

入って来た人物の顔を確認して、店主はその人にこう声を掛けた。それは、今し方店を出て行ったばかりの初老の紳士だった。

「戻って来たんだよ、家の嫁と孫が。」

慌てた口調で男性はこの店の主に言葉を返した。そうして、あたふたと先程迄彼が腰掛けていた椅子の側に走り寄ると、また元の通りにその椅子に座り込んだ。

「何でもいいから、ここへ、早く、何か料理を、並べておくれ。」

息を弾ませて、喘ぎ喘ぎ、男性はこう店主に依頼した。へいへいと、店主も客に合わせると手早く手拭いで手を拭き、調理台の上に置かれていた皿に手を伸ばした。もう既に、皿には出来上がったばかりの料理がきちんとした形に盛り付けられていた。

    「何かって言われても、今、これしか出せませんがね。」

店主は自分の料理を片手で持つと、客のテーブルの前に立ち背筋を伸ばした。彼は客の目の前にその出来上がったばかりの大皿を、さぁどうぞとばかりに軽々トンと、まるでその皿に盛られた料理を彼に披露するかの様に置いてみせた。

「へぇ!、これぇ?、かい。」

客は差し出された皿の料理を見て目を丸くした。その大皿に盛られた食品の意外性と、その整った形の見事さに、彼は一瞬目を奪われた。そこで彼は思わず店主の顔を見上げ、テーブルの料理を彼の片手の人差し指で指差した。

「驚いたね、!。」

彼は驚きの声を上げた。

「いゃ、豪勢だねぇ、昼飯だよ。」

これがねぇと、客は唸って料理に見入った。

    これがね、今日の私の昼食になるとは。と、客はしみじみと感嘆すると、今日の日にこれとはと逡巡しながらも、彼は目の前の洒落た料理に再び眺め入った。すると彼はおやっと、料理が盛りつけられた大皿に目が行った。これは、この皿は、「刺身皿だろう⁉︎。」客は店主に問い掛けた。

 「大皿はこれしかないんで。」

店主は彼に答えた。今有るこのサイズの皿がこれだけなんで。確かにこれは刺身皿で、この皿に盛り付ける料理が好きな客がこの店の客にいるんでね。と彼は客に説明した。

 そうする内に、店の厨房の横、この店の勝手口に当たる入り口から客の嫁と孫が恐る恐る顔を覗かせた。今迄彼女達はこの店の勝手口に面している横の脇道を歩いて来たのだが、店の勝手口に近付くに連れて、彼等の舅であり祖父である男性の声を認め、その声が彼の常の物では無く素っ頓狂な声音になっている事に気付いた。彼女達は店の雰囲気に何かしらの異変を感じ、店の内で彼が何事か起こしているのではないかと怪しんでいた。

「何かお有りですか?。」

店の短い暖簾の下から、そうっと顔を覗かせて自分を見詰める嫁のこの問い掛けに、店内の舅は微笑むと、いやと、彼女に目を細くして笑い返した。そうして唯自分の前に置かれた皿を彼の掌で示した。