あら、まぁ。嫁が舅の示す料理の意外さに、はっとばかりに驚いた。その顔の下から「あ、お祖父ちゃん、元気?。」等、二言三言言葉を掛けて、彼女の長女も遠慮がちにその顔を見せた。そうしてその2人の顔の隙間を貫く様に、母姉2人からやや離れた後方に立って、次女が小さく顔を見せると、自分の場所から遥か遠くの店内へと目を向けた。
好奇心に駆られる様に、次女は食堂内をチロチロと覗き込んでいた。と、彼女の目がはっと見開かれた。彼女は何かに気付いたのだ。そうでしょうと、彼女は自分の母に耳打ちした。そこで母も彼女の方へ顔を向けて何やら話し始めたが、その内、未だそれと気付か無いで祖父の顔付きばかりを窺う姉娘に、その肩を彼女の母が合図する様に軽く小突いた。彼女が母へと振り向くと、それは店内に入ろうという母からの合図なのだ彼女は解した。彼等の様子に気付いた彼女の祖父も、透かさず店内から彼女達に手招きしてみせた。
母娘はぞろぞろと、長女を先頭にするとさも遠慮がちに食堂内に入って行った。彼女等の先に立ち歩む姉娘は1人合点が行かず、気の乗らぬ冴え無い顔を見せていた。彼女は先程の祖父の頓狂な声音が気になっていた。この時、彼女には父方の叔父、四郎の奇妙な言動の事が頭に上っていた。
『遺伝か、祖父は叔父さんの父親だものね…。』
もしかしたら祖父も、と彼女は自分の祖父の異常を危ぶんでいた。
それに対して、彼女の後ろから続く母と妹の瞳や顔は、これからご相伴にあずかる者に特有の、幸福で恭しい控えめな歓喜の光を湛えていた。食堂のテーブルに置かれていた食事、彼女達にとって思い掛けないそのご馳走に、2人はとうに気付いていたからだった。
「如何したの、お祖父ちゃん。」
早くもテーブルの前に立った次女が可愛いらしく声を上げた。「このサンドイッチ!。」
えっと、姉は驚きハッとした。祖父の顔ばかりを見詰め、何時しか立ち止まると母は勿論妹にも抜かされ、彼女は未だ祖父の待つテーブル端にも達してもいなかったのだ。彼女は急ぎテーブルに辿り着くと、そこに妹の言葉の示す物を見出そうと目を凝らした。
しかし悲しいかな、祖父の顔ばかりを長く凝視していた彼女の瞳は、容易にテーブル上の物に焦点を合わせる事が出来無かった。彼女は暫しサンドイッチらしい物にさえ彼女の視線を合わせられずにいたが、ぼんやりと白い場所、ここと視点を定めると彼女は目を凝らし、一心に自分の目の焦点を合わせた。すると彼女の目にも山と積まれた白いパンの積み木の様な塊、四角い断面や三角のとんがり帽子の面々が確りと大きく目に映って来た。これがサンドイッチ?、未だ判然としない思考の中、彼女は妹の言葉をぼんやりと呟いた。
「サンドイッチ!。」
漸く事の全てを理解した彼女は、驚いた様に大きな声でこの言葉を発した。「どうしたの?、お祖父ちゃん、これ。」こ、この、「こんなに沢山!、サンドイッチの山、山…、」彼女は驚きの余り絶句すると目を白黒した。そんな孫娘に、私の昼食、お昼だよ。彼女の祖父は微笑んで事も無げに言うと、皆も一緒に如何だいと、彼の嫁や孫達をお相伴へと誘った。