Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華3 186

2021-07-12 11:21:58 | 日記
 この時の、狼狽えた祖母の様子が、?、『変なお祖母ちゃん。』と、私には奇妙に感じられた。何しろそんな素振りの祖母は私は初めて目にしたのだ。私はこの時、未だ「逃げる様に」去ると言う表現も、その様子も知らなかったのだから、こう思ったのは当たり前かもしれない。そうしてそんな祖母の行動の意味に、皆目見当さえつかない私だった。

 居間に一人残って、私はふいと半身を起こした。今回祖母は寝ていろと指示していかなかったのだから、起きていいかな?と私は思う。それから恐る恐る、用心しながらゆっくりと自分の周囲を見回してみた。何しろ訳の分からない事だらけだ。物が見えなくなったり、自分が見ようとしても対象物が見えなかったり、方向感覚さえ覚束なかったのだから。私は何が如何なっているのかと考えると、この居間という部屋の気配さえ怪しく感じ出した。私は安住出来る自分の家の中に居るというのに。『お化け』そんな言葉を思い浮かべ、私はスッと背筋が寒くなるのを感じた。

 『まさかね。』神妙に立ち上がった私は、思い切って自分の背後を振り返った。当然そこには何もいない。ほらねと安心した、が、私は臆病風に吹かれ、周囲の空間を探る様にゆっくりと見ながら自分の角度を変えてみた。居間の四隅、自分の周囲を確認してみる。

「誰もいないじゃないか。」

私は言葉に出して自分を安心させた。

 ゾゾっ…。それでも背筋に悪寒が走ると、私はハッとして背後を振り返った。そこには土間の向こうの白壁が見えるだけだ。室内だから暗いと言えば暗いのだが、日中のことだ、燻んだ空間でもそこに怪しい闇等は発見出来無かった。自分で自分を臆病だなぁと感じたが、やはり背後に誰かいる気配がする。その事が私に恐怖心を運んで来る。誰もいない筈なのに…。

 私は妙案を思い付いた。立っているから背中がお留守になり怖くなるのだ。ここは元通り寝転んで、背中の後ろは畳にして仕舞えば良い。そうすれば、よしんば何か物の怪の類がこの部屋にいたとしても、私の背後に何か怖い物が立つという事等無くなるのだ。私はこの名案ににんまりと笑うと即畳に腰を下ろした。そうしてそのままごろりと横になった。

 背筋の寒さは未だ感じるようだ。私は自身の背中に神経を集中させた。その内背中の寒気は治った。目に畳より上の部屋の空間と天井だけを映して、私は何物も見えない安堵感に浸るとそのまま人の字になってじっくりと寝転んでいた。やがて安らいだ私は自分の体を受け止めている畳の感触を感じ出した。ひょいと横を向き、私は体の片側だけを畳にくっつけてみた。背中の温度感に変化は無い。大丈夫だ。今度は反対側を下にして寝転んだ。畳が生暖かく感じられる。やはり背中方向に変化は無い。同じ場所で数回ころころ寝返りを繰り返して、私は突如として気付いた。

『こっちの手だと暖かく無い。』

私の片方の手に畳の暖かさが感じられて来ないのだ。ハッと私は身を起こした。畳に座った私は、交互に両の手で暖かく感じる場所を触ってみる。一方の手は温もりを感じても、私のもう一方の手は温もりを感じないのだ。私は片方の手でその違和感のある手を探ってみた。冷たい手、冷たい腕だ。思い立ち今度はその反対をしてみる。?。

 私は再び横になった。ぼんやりとして、如何いう事なのだろうと私は考えていた。畳の温度が違うなんて…、手が片方だけ冷たくなってるなんて…。!。私は閃いた。そうだ、これは畳が変なんじゃ無い。私がおかしいのだ。私の体がおかしいのだ。私は初めて自分の体の変化、自らの体調の悪さに思い至った。

『私は具合が悪いのだ!。』

周囲の人、物が変なのでは無い、自分の方が変なのだ!。私は悟った。

 
                 うの華3    終わり 

うの華3 185

2021-07-12 10:36:58 | 日記
 私は祖母の言った通り静かに目を閉じて居間に身を横たえていた。しかし、それも最初は落ち着いていてよかったが、その内、何かしら動き出したい衝動に駆られて来る。すると私に取ってじっとしているのは退屈で耐え難い状態になって来た。

 抑え難い何度目かの衝動に、私は耐えきれず寝返りを打った。そうして所在無さに溜息を吐いた。私がこの行動を数回繰り返して何度か嘆息すると、それを聞きつけたのか祖母は台所方向からぱたぱたと戻って来た。私はその気配に畳にじっと身を横たえた。

 私のいる居間に入った祖母は、これで心配いらないよと一言いった。

「皆帰ったからね、もうこれで安心だ。」

ほっと安堵した様子で溜息を吐きながら、彼女は私の側に屈み込んだ。どれどれと私の顔を覗き込む祖母の気配に、私はうっすらと目を開けた。しかし何の反応もない。祖母は私に何も語り掛けて来ないのだ。何だろうと怪訝に思った私がパチリと目を開けると、私の視界に祖母の顔が映り込んで来ない。おやっと私は益々不思議に思った。声の聞こえた方向はこちらに相違なかったのだから。

 祖母の顔や姿が見えないのはおかしいと、私自身が不思議に思う中、「ねえさんは如何したのかねぇ。」、祖母の声が聞こえた。祖母の位置は最前の声より遠のいた様子だ。私は彼女の声がした方向へと視線を動かそうとした。が、如何もうまく視界がきかない。思い通りにならないもどかしさで、私はうんうんと唸った。

「遅いねえ、ねえさんは。どれ、ちょいと見て来ようかね。」

祖母の覚束無い声がした。と、祖母の立ち上がって動く振動が伝わって来た。私は声の方向へと頭を上げて、片肘を付くと軽く身を起こした。すると漸くの事で祖母の姿が見えた。目を瞬くと、その度に視界も鮮明になるようで、物の形もスッキリと目に映り込んで来た。私は視界が効いて来たので気分もスッキリと明るく晴れた。私は祖母の顔を見てニコリと笑った。

 祖母は廊下の入り口に近くに立ち、神妙な顔付きでその目を私の顔へと注いでいた。「お母さんは、裏から来ると思ってね。」「もう来る頃だろうと思ってね。」そんな言葉をポロポロと私に掛けて来る。

「おばあちゃん、ちょいと見て来るだけだから。」

祖母の姿はそそくさと廊下の入り口から奥へと消えて行った。