子供の父の方は自分の両親がいる場所、彼の後方に向いて意識が向いていた。彼はフンという態度で以って屋内にいる自分の父の言葉を受け流した。
「何も分かってない年端の、子供を育てている真っ只中の、文字通りに親の気持ちが、君達なんかに分かるもんか。」
彼は腕組みなどして、この庭に向けて開いている母家の入り口には背を向けた儘、如何にも大層に言ってのけた。
「共に無学な人間のくせに、私は大学と名の付くところを出た人間なんだ。」
もう勘弁ならん!。お父さん堪えて、孫の、小さい子供の前ですよ。と、屋内は何だかバタバタと騒々しくなった。庭にいた子の父である彼も、その家内の騒動の様子に内心穏やかでは無かった。彼の親に、否、目の前の自分の子供の手前だろう、かもしれないが、彼は一旦虚勢を張ってみた物の、その実この横柄な言葉を口にした瞬間からもうドキドキと肝を冷やしていた。
彼は肩を窄め自分の後方を気にした。やはり彼自身人の子という立場に勝てず一瞬怯んでいた。彼は腕を上げて両手で頭など庇う仕草迄したが、家の裏口、彼の子が自分の父と喧騒の様子から注意を向けて見詰めていたこの庭に向けて開いている母家の入り口からは、一切誰の姿も現れなかった。
「お父さん、子供の挑発に乗って如何するんです。」
妻が夫に小声で忠告した。「孫に嫌われたいんですか。」「未だ小さい子ですよ。」妻は重ねて細々と言った。「何も分からないですよ。」と。すると夫は彼の動きをピタリと止めて沈黙した。
開いた勝手口から裏庭へと、今しも出ようと土間へ下りていた夫の足は、身動きせずにその場に留まっていた。彼はそこで今掛けられた妻の言葉を黙って考えていた。妻は落ち着いて彼女の夫に言葉を掛け続けていた。