Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華4 50

2022-06-14 17:09:59 | 日記

 おいおい。声に気付いて振り向くと、彼女の背後敷居の上に、何時戻って来たのか彼女の夫が立っていた。

「親も馬鹿は無いだろう。」

私はお前の夫だよ。夫の私が馬鹿なら妻のお前も馬鹿だろう。彼はそう言うと明らかに機嫌を損ねた顔付きになった。不機嫌そうに目を吊り上げている。この顔は夫が可なり立腹した証しだった。『何か気に食わ無い事が有ったのだ。』瞬間妻は悟った。不味い事になったわね。彼女は思った。

 夫の不機嫌を宥めるには如何したら良いだろうか。一方で裏庭の様子を気に掛けながらも、彼女は眼前の夫の尋常で無い様子から、今の場合こちらの方が自分にとっては重大事だと受け取った。僅かな間に何が自分の夫の心情にこれだけの影を落としたのだろうか。彼女は彼女の視線を繁々と夫に注ぎ彼を気遣いながら、一方では彼の背後の家の内の気配をそれと無く窺ってみるのだった。が、家の中はシンとして毛程も人の気配が無かった。また、先程この家を出て行ってしまった嫁、庭にいる彼女の息子の嫁が再び戻って来て家にいるという気配も無かった。夫と自分、彼女にはこの家の屋内に2人だけの気配しか感じ取れ無かった。彼女は夫の体越しに自分の顔を出すと、実際に彼女の目で以って廊下を覗き込んでみた。が、家の中はやはり他に人がいる気配が無かった。では、では何が?。彼女は怪訝に感じ裏口の土間にシンとして佇んだ。

 暫し心を落ち着けてみる。その後、彼女は更に重ねて目の前の夫の様子を仔細に観察してみた。夫は生真面目な顔付きをしている。その口元はというと、尖っている。彼女は目を欹てた。『これは、確実に機嫌を損ねているんだわ。』そう改めて感じた彼女は『困った事になった。』と、内心呟いて顔を曇らせた。思わずふうっと嘆息した。ここに来て為す術無しの状態に陥った彼女は、逃れようの無いこの狭い勝手口の内で、文字通りの窮地に追い込まれていた。

 ここで彼女に助け舟を出した人物がいた。その人物はというと、彼女を追い詰めた張本人である当の彼女の夫だった。彼は妻の嘆息の声にハッと気付き、ひょっとして我に返った。彼はそれまで自分の気持ちを取られむしゃくしゃしていた事柄から自分の意識を外した。彼の妻の顔を見詰めた。すると、彼女は酷く根を詰めた様子で、暗い顔付きになり視線を土間に落としている。屋外の光線から影になった勝手口で、家の奥にいる夫の方を向き、逆光になってしまった妻の顔付きは彼女の夫にはより一層暗く翳って見えた。


うの華4 49

2022-06-14 15:28:28 | 日記

 否、いるんだ。誰かいる。戸口の影になった部分だ。誰か人が隠れているのだ。彼は思った。『誰だろう?。』。

 父だろうか?、一旦その場を去った後、父は再びここへ戻って来て、戸口の影からこちらの様子をそっと窺っているんだろうか?。それが父だと思うと、彼は何時父がこちらへ飛び出して来て、ゴン!とばかりに自分に拳を振り下ろすのかと、いい知れぬ恐怖に襲われた。

 ブルル…、っと彼には身震いが起きた。それからゾォーっと背筋に寒い物が走る。安堵の後の恐怖に、彼はヨロヨロ…と、思わず2、3歩勝手口の戸口から遠ざかった。

 背後に注意を向けつつ数歩歩いた彼は、ここまで来れば一安心、一呼吸置ける間合いの場と自身が判断出来る場所に来た。すると彼の目に子供が円な瞳を開いて不思議そうに彼の顔を見上げているという丸い顔が映った。はたと、気が付いてみるとその顔は我が子であった。そうだと彼は認識した。

 如何しようかなと彼は考えた。今から父とこの子の前で自分は一戦交えようか、というと、そうはその気になれ無いというのが正直なこの時の彼の心情だった。この時迄に、彼は父と一騒動起こそうという気持ちがすっかり失せていた。彼は戸口を振り返り、そこに隠れている人物が自分の父では無い様にと只管に念じた。

 静けさが増した様な庭の様子に、彼女は静かに顔を動かして庭を覗き見ようとした。大丈夫かしら?。彼女は案じた。今顔を出したら息子に気付かれ無いかしら?。そう彼女は不安に思うと庭を覗く事を暫し躊躇った。

 それにしても、彼女はやはりねと、自分の憶測がどんぴっしゃりと当たっていた事に上機嫌となった。なかなか、私の勘も捨てた物じゃ無いね。と悦に入ってから、それにしてもと彼女は考える。『あの子の言った通り、実際、あの子は「秘策」という言葉を口にしたのだろうか?。』「いいや、そうじゃ無いね。」彼女は口にした。「きっと、あの子の勝手な思い込みだよ。」

 彼女は考えた。四郎が兄の一郎に何か子育て中の話、あの子達の父との遣り取りでも話し合う内に、あれは苦情としていった事を、あれは似た話として、自分の経験談のつもりで、その後の話もこれこれと言ったんだろう。共に同じ出来事を言いながら、それぞれに別の事を考えていたんだろう。一郎の事だから自分にとって良い教訓になったと思って話した事が、四郎にすると秘策、策を弄する話になったんだろうさ。よく分かるね。私は2人の親だからね。2人共私が育てて、2人共に小さい頃からその性根が分かってるからね。勝手にあの子は兄が秘策を授けてくれたと口にして、まるでそういう事実がさもあったかの様に装ったとみえる。2人の息子の母である彼女の脳裏には、息子2人の間で行われたであろう会話の姿までが彷彿としてその胸に浮かんだ。

「馬鹿馬鹿しい…。」

この世の中二番煎じに引っ掛かる人間がいるとでも。彼女は戸口の影でそこに立てられた材に身を持たせると眉を顰めた。はぁあと、彼女の息子の1人、四郎という子に対して彼女の溜息がふううと洩れた。「馬鹿な子だよ。」そう零して彼女は思った。『馬鹿な子ほど可愛い、か。』

「親も馬鹿だよ。」