もしかしたら。彼はハッとした。『こちらの様子に合わせて彼等は口を閉じたのだろうか。』彼は推察したのだった。
機嫌を損ねたかな。親の話を盗み聞きするとは。自分は親から子としてはした無く思われたんだろうか。思わず彼の頬は赤らんだ。恐る恐る屋内の気配の様子を見ながら、彼は反らしていた顔の方向、自分の家の母家へと自らの体の向きを変えた。そうして具に彼の家の勝手口を窺った。すると家の内直ぐ近くの場所から彼の父の好きにしろとの声が上がった。続いてバタバタと去っていく足音が聞こえ、その足音は小さくなると聞こえ無くなった。あの様子では父さんは家の面方向に向かったのだ。と彼は察知した。危うい危機は去ったなと、彼は安堵したが、また一方ではガッカリもした。
怒った父から叱られる事が無く、折角の彼の父の自分に対して行われる暴挙、修羅場と化したその場面を、彼の孫に見せ付けるという、彼の目論見が全く外れたのだ。どちらかと言うとこういう平穏な状態になる事が彼には意外で予想外の出来事だった。
「何だい、折檻はお預けかい。」
『折角足を踏ん張って、こっちは一騒動起こしたのにな。』
彼はふいっと勝手口に背を向けた。事が巧く運ばなかった事に対して彼は内心悶々とした感情を抱えていた。
「こっちの苦労も知ら無いで…。」
こうぼやきながら、彼は態度悪くチエっと舌打ちしてみせた。そうしてこっちはやる気満々だったに、という姿勢を誰にという事無く彼は誇示してみせたのだ。しかし、彼が身の安全を得た事に、内心ホッとして胸を撫で下ろしていた事も事実だったので、彼はその内なる小心を恥じる様に、照れ隠しの為だろう、眼前にえいえいと拳を突き出すと、虚空に向かって1人気勢を揚げた。
「兄ちゃんの秘策も潰えたな。」
強ばらせた顔で震える様に言うと、彼はこの後如何しようかと考え始めた。「読まれてたのか。」彼は沈んだ調子で呟いた。「折角兄さんから策を授けて貰ったのになぁ…。」彼はガッカリして肩を落とした。この時の彼には、その時その場にちらと顔を覗かせた彼の母の顔等全く気付き様が無かった。彼はそれほどに落胆している様に、その時の母の目にもそう見えた。
しかし、波立つ気持ちが落ち着いて来た頃、彼は自身の背後に何かしらの気配を感じ始めた。そうっと彼の後方を覗き見てみる。が、そこに、勝手口にはやはり人影は無かった。