程無くして遠くで小競り合いをするような子供の声が聞こえて来ました。皆の所からは見えなくなった施設の建物の向こう側の場所のようです。場所が遠いせいか耳を澄ませても話の内容が私にはよく分かりませんでした。また、当時の私にはまだ理解出来ない言葉が交じっていたようです。皆誰が何を言うという事も無く、聞こえて来る範囲、理解できる範囲で話を聞いていました。
時折途切れながら暫く話声が続いていたと思ったら、「通してくれないなら、」と、突然大きな声がして、一呼吸置いた後、
「お嫁さんになってあげない!」
というきっぱりとした端切れの良い声が響いて来ました。そして、バシッ!と平手で叩くような音がしました。
「やった!」
と言う声が、それまで静かに身動きしないでじーっと聞き耳を立てていた指導者の子の口を突いて出ました。それと同時にその子は反射的に背筋をピンと延ばし踊り上がる様な反応を示しました。そしてにんまりとした目でやや斜めに振り返ってそこに居る一同を眺めました。
「ああなるんだよ。」そうその子は言って、何かしら説明の言葉を続けようと口を開きました。その時です、わぁーん、と大きな男の子の鳴き声がして、「御免ねー、許してー、お嫁さんになってねー…」と、喧嘩相手の女の子の名前でしょう、…ちゃーんと大きな声で叫んで追いすがる様な哀れな気配が此処まで伝わってきました。如何やら走り去った喧嘩相手とその子を追い駆けて行くらしい複数の足音、知らない、ごめんねの、遠い掛け合いの声、まだ続きそうな彼等の慌ただしい喧騒の雰囲気が皆に伝わって来ました。
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