この時、私は祖母の気持ちもまた見通す事が出来無いでいた。そして、その事に全く気付いていなかった。傍に伏したまま身動きしないでいる父についても、一向にお留守の状態となっていた。そしてその事にも全く気付いていなかった。
祖母はふーんという感じでこの部屋から続く座敷の方を眺めていた。障子襖は半分しか開いておらず、襖の陰になって中に人が誰かいるのかどうかも私には分からなかった。その後、祖母は考えていたが、お前が使うというのなら、それでもいいかもしれないと呟くように言った。これは、いよいよ彼女が出し惜しみしている旨い菓子が口に入りそうだと私はほくほくした。
そんな私の含み笑いの様子に、祖母は嫌悪感を覚えた顔付をしたが黙っていた。暫くの後に、じゃあこれはここに置くからねと、祖母は言うと、
「智ちゃん、一寸あっちを向いておくれね。」
と私に頼んだ。
私が反対に向きを変えて祖母から視線を外すと、漸く私の視界に四つん這いの父の姿が入り、私は彼や祖母と共にこの部屋にいた事を自覚した。『あ、あれ?、そう言えば父が部屋にいたな。』、私は思った。私は咄嗟に、この部屋に入った一番最初の時の事を思い返した。確かに父はその時からここにいたのだ。何故私は父の存在を忘れていたのだろう?。ふとそんな事を考えた。
「じゃぁ、ここに置いたからね。」
祖母の声に私は振り返った。彼女は階段に身を寄せていたが、直ぐにその場から離れて座敷へと向きを変えた。
「後はお前に頼んだよ。」
お前がそうしたいと言ったんだからね、お祖母ちゃんが頼んだ訳じゃないからね。等と彼女は言うと、吹っ切れた様にスタスタと、素早く座敷に向かって足を運び部屋の中へと消え失せてしまった。
中には祖父がいたらしい。祖父の声で、お前帰って来たのかい、あの子に任せたのかい、いいのかい、等。あの子は考え違いをしているんじゃないのかい。という声が私の耳に聞こえた。
「考え違いというより…。」
祖母は言った。「勘違いです。あの子は勘違いしているのでしょう。」。
私は祖母がその場を離れるや否や、待ってましたとばかりに階段に飛びつく所を、それではあまりに意地汚いかと思い、ややその場で逡巡していた。が、頃合いを見て、もう良かろうとすすいっと階段に進み寄った。踏み板のそれと思しき辺りを笑顔で見詰めてみる。
おやっ?。そこには何も見当たらないのだ。電球の点けられていない室内は日中でもやや暗かったが、板の張られている階段だ、しかも階段の背側が光線の取り入れられる方向である、踏み板、及びその奥に当たる場所は尚更に陰になり暗かった。暗くて目に入らないのだろうか?。私はその暗く沈んだの奥の空間に手を差し伸べてみる、左右に掌を振っても指に触れて来る物は何もなかった。『?。』…。
私は空気のようなお菓子がこの世に有るのだろうかと考えてみたが、祖母の持っていた菓子が何なのか、又は何故置かれた筈の祖母の菓子が忽然と階段から消え失せたのか、その謎を解く事が出来無いでいた。祖母が意地悪く私に肩透かしを食らわせたのだろうか!。とも一瞬閃いてみたが、あの生真面目な祖母が孫の私にそんな仕打ちをするとは、到底考えられないと直ぐに考え直した。
と、そうこう考え込んでいる内にも、私は期待していた菓子が手に入らず意気消沈して来た。階段の陰で暗い気持ちの淵に沈み込みそうになった。そこで私はそうと気付くと発起した。そんな暗い気分に陥るまいとぐいっと自身の片足を上げた。次には顔を上げると2階の入り口を見た。私は威勢よく目の前の階段に足を踏み下ろした。そして思い切りよく消えた菓子の事は忘れて、そのままふんとばかりに勢いをつけてだんだんと足音も軽く力強く階段を上って行った。そんな私の念頭には、父の事ももう無かった。
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