Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華 132

2020-01-07 11:56:12 | 日記

 店から出て、一旦元の散策方向と同じ進行方向へと足を向けた私だったが、もう家に帰って良い頃だろうかという考えが頭に浮かび、今迄外出してからの経過時間を計ってみた。記憶を辿るともう戻っても良い間の空いた時間かなと思えた。私は歩を止めた。

 私が立ち止まったその場所は、今出て来た店の店主が、私から顔を背けて見詰めていたガラス戸の丁度外側になっていた。それとその位置に気付いた私は、自分の目の焦点を、ガラス表面からガラス戸の内側、店内の様子に合わせて行った。そして店主の腰かけていた辺り、椅子の置いてある場所を覗き込んで見詰めると、果たしてそこには誰も腰掛けていない椅子、空いた椅子が1つ静物然として取り残されていた。

『あの椅子だなぁ。』

私は思った。位置から言うとあの空虚な椅子が店の主が腰かけていた椅子なのだ。椅子としての役目を果たしていない空虚な椅子同様、私は暫しぼんやりとその椅子を眺めやっていた。

 ふと気付くと、私は店内にいる人の気配が妙に感じられた。何だろうと耳目に神経を集中した私の耳に、

「まぁ、嫌だ、あんな所からこちらを窺って。」

「旦那さんの様子を覗き見してるんですね、嫌な子だな。」

そんな奥さんや店員の声、しかめっ面した男性店員の顔が目に見えて来た。

 私はハッとした。そうか、主の泣き顔を見ようとした性質の悪い子だと思われたのだと悟ると、私は思わず顔を赤らめた。直ぐに慌てて身を引くと、このショーウインドゥの前を後にした。一刻も早くこの店から離れようとして、私は元の出入り口のある店の表方向へは戻れ無くなった。仕方なく私はその儘散歩を続ける事になった。

 一時駆け出した私だったが、少し進むとまた歩を緩めてぽつぽつと歩き出した。家並に沿って側溝の縁を歩いて行くと、玄関前が広く開けた感じのアプローチを持っている家へとやって来た。

 この家の玄関前は、御近所でもかなり変わった洋風造りになっていた。玄関扉迄、左右に洒落た感じでゆるい坂道がアーチ状に短く続いている。坂道の頂上に当たる場所がエントランスだが、ベランダの様なコンクリート造りの設えになっていた。一方からこの頂上のベランダへ上がり、平らに少し進んだと思うと、向こう側へ下る坂道に入って行くという趣向だ。

 私はこの玄関へと続くコンクリートの道を見ると、ふと思いついて駆け出した。目に入ったこの坂道を駆け上るのだ。そして向こう側へ降りていく。この家の玄関前の坂をこちら側から向こう側へと駆け抜けて行くという近隣の子供達の遊びを、私は数日前近くの親戚の子に習ったばかりだった。

「よし!。」

私は気分直しに威勢よく気合を入れると、目の前に口を開けたエントランス坂道に向かって駆け出して行った。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿