花耀亭日記

何でもありの気まぐれ日記

「ヨーロッパ肖像画とまなざし」展

2007-02-07 00:14:58 | 展覧会
1月の最終土曜日、名古屋に日帰り旅行をした。名古屋ボストン美術館「ヨーロッパ肖像画とまなざし」展と徳川美術館「名物裂」展を観るためだ。

雑誌で名古屋にティツィアーノの肖像画が来ることを知り、行こうかどうか迷っていたところ、なんとゲストの桂田さんの「展覧会メモ」を拝読してしまった。もちろんティツィアーノの肖像画について触れておられる。むむ…古典絵画好きの虫がどうにも騒いで収まらない(笑)。ということで、結局、名古屋に行ってしまった(^^ゞ

今回の「ヨーロッパ肖像画とまなざし」展は16世紀から20世紀まで、ヨーロッパ肖像画500年の変遷を一堂に紹介するものだった。注文主のために描く個人の記録としての肖像画から、人間の内面まで踏み込んだ美術品としての肖像画への変遷でもあった。

さて、お目当ての《本を持つ男の肖像》はやはりティツィアーノ(1488~1576)らしい威厳のある端正な肖像画で、会場でも一際堂々とした存在感を放っていた。黒の高級そうな衣装に身を包み、観者を斜め上から見下ろすようなモデルの眼差しは、ちょっと眼光鋭く高慢な感じを受ける。それを強調するのが男の姿勢で、本と剣を持つがっしりとした大きな手が腰あたりに位置し、なんだか威張っているように見えるのだ(^^;;。闊達な筆致から滲んでくるこの男の持つ冷ややかな感じは、男を照射する光の冷たさと、きっとモデルの人間性の内面まで暴いてしまうティツィアーノの筆力なのだと思う。



サイトのピッティ美術館のところでも書いたが、法王ユリウス2世を描いたラファエロ作品とティツィアーノ作品を比べると、断然ティツィアーノ作品の方が法王の持つ一筋縄ではいかない狡猾さを写し出していていた。カポディモンテ美術館のパウルス3世からも複雑な猜疑心が窺えて、ティツィアーノの肖像画の凄みを感じたものだ。今回の《本を持つ男の肖像》もまさに展覧会のテーマである「肖像画とまなざし」を象徴する作品だったと思う。

ところで、意外だったのはソフォニスバ・アンギッソーラ(1532~1625)のイニシャル紋章を持ったミニチュア自画像があったことで、解説によると画家としての自分の技量を売り込むためのものだとのこと。なるほど、細密画は技術的に難しいだろうなぁ。でも、PR用とは言え画家自身がなかなかの美人で、作品としてもきりりとしたまなざしで愛らしい。クレモナの名門貴族出身でありながら、売り込み成功によるものか、スペイン王室(フィリペ2世)の宮廷画家も勤めていたはずだ。



アンギッソーラ作品は2004年のNYメトロポリタン美術館「Realityの画家たち展」でも、《ザリガニに噛まれる少年(弟)》や《チェスをする姉妹たちの肖像》でCARAVAGGIOに先行するロンバルディアの自然主義的作品として位置づけられていた。ザリガニに噛まれて泣く少年はCARAVAGGIO《トカゲに噛まれる少年》への影響について語られることが多い。
ちなみに、前にも触れたが、ヴァン・ダイクもイタリア留学時にアンギッソーラ(当時90歳!)を表敬訪問している。

ということで、もちろんアントニー・ヴァン・ダイク(1599~1641)も登場(笑)。《ペーテル・シモンズ》の肖像は端正でも穏やかな佇まいを見せている。その眼差しにはなにやら好奇心が感じられ、口元もちょっとおすましっぽい(^^;。イギリスで描いた格調高い貴族風とも違った味があり、図録によるとモデルのシモンズは画家だとのこと。斜め横向きの構図はティツィアーノ作品とやや似ているが、そのこなれた筆致は柔らかい。また、背景に大きな円柱を配していることで広い奥行きを感じさせるが、なんだか大仰すぎるような気もした(^^;;



ヴァン・ダイクの肖像画は描かれたモデルも喜びそうなソフィスティケートされた雰囲気を持っているのだが、見るとすぐわかるような類型化が見られる。以前「華やぐ女性たち エルミタージュ美術館展」でも触れたが、意外に似たような構図があったりして不思議に思っていた。ところが『西洋美術研究No.12』「宮廷と美術」特集で中村俊春氏の《ヴァン・ダイクとチャールズ1世の宮廷》を読んだら漸く疑問が解決した。どうやらヴァン・ダイク工房では肖像画の量産体制が整っていたようなのだ。師匠のルーベンスと同じように、弟子による流れ作業もありというところだろうか?(^^;;;

ヴァン・ダイク作品は油彩画の他にエッチングの《自画像》も展示されていた。肩越しに振り向く自画像…。「ウィーン美術アカデミー名作展」の15歳の《自画像》と構図が一緒だ。エッチングの画家は30歳前後のようで、15歳のころと比べると随分おじさんに見える(笑)。それでも自負心の強さはその眼差しから十分に伝わって来るのだ。もしかして、デューラーの1500年の《自画像》と同じような気持ちで描いたのだろうか?

ヴァン・ダイクの銅版画と言えば、以前、ルーベンスの肖像を描いた作品を観たことがある。なんだか仰々しい大画家風で苦笑してしまったのだが、今回の肩から上だけというさり気ないポーズと構図(そして余白)の方が、一瞬の眼差しを強く印象付ける好作品だと思った。このポーズだが、図録ではヴァン・ダイクが考案したように書いてあるけれど、結構ルネサンス絵画にも見られるし、そーかなぁ?と思ってしまった(^^ゞ

以上、<16世紀の肖像画>と<17世紀の肖像画>からピックアップしての感想だったが、実は<19世紀の肖像画>も興味深いものがあったのだ。ということで、次回は東京都美術館「オルセー美術館展」と合わせて感想を書きたい。二つの展覧会とも肖像画を扱っており、重なる部分もあって、どちらも観られてラッキーだったのだ(^^)v