花耀亭日記

何でもありの気まぐれ日記

「モディリアーニと妻ジャンヌの物語展」

2007-05-05 00:38:33 | 展覧会
Bunkamuraで「モディリアーニと妻ジャンヌの物語展~運命のアーティスト・カップル~」を観てきた。(okiさん、いつもチケットありがとうございます!(^^)v)

モディリアーニとジャンヌについては、昔TVで映画「モンパルナスの灯」を見たことがある。ジェラール・フィリップとアヌーク・エーメが主演で、今回の展覧会での本人たち(美男美女)のイメージがとても重なる配役だった。

さて、展示はモディリアーニ作品と新発見されたジャンヌの作品を併せて、二人の運命の出会いからその死に至るまで、にスポットライトを当てたものとなっている。画家志望だったジャンヌのクロッキーやデッサン、グアッシュや油彩からは、決して「悲劇のジャンヌ」というイメージだけではない、自立した画家としての側面を知ることができた。
モディアーニは人物の内面を、ジャンヌは背景を含めた人物・静物を描く。しかし、展示作品を観ていくと、やはり圧倒的にモディリアーニ作品に目が行ってしまう。完成度や力量の差は仕方が無いかもしれない(^^;;;

ところで、先に国立新美術館での「異邦人たちのパリ1900~2005」を観て、「3月に観た展覧会」の所で感想をちょっとだけ、次のように書いた。

  ■■モディリアーニとブランクーシ「眠れるミューズ」が何故か似ているような気がした、ということはキリコも似ている??(かなり意味不明かも(^^;;;)■■

印象派以降の画家たちについて殆ど無知なので、実際にモディリアーニがブランクーシに彫刻を学んでいたなんて!コメント書いた時点では本当に知らなかったのだ。ブランクーシがアフリカの仮面彫刻に魅せられていたことも知り、あの細長い卵型の顔に合点がいった。

しかし、私的には以前からモディリアーニの細い顔や首の線描にはイタリア・ルネサンス、特にボッティチェッリの影響を強く感じていた。今回の展示作品、ニース時代の《肩をあらわにしたジャンヌ・ユピュテルヌの肖像》を観ながら、これは絶対《ヴィーナスの誕生》だと思った。

 

このジャンヌの肖像はその美しい青い目を映したような背景の壁色が印象的であり、縦半分を濃色にしたことで、ジャンヌの白く艶やかな肌が生きている。間近で観ると悲しみを感じるのに、離れて観るとやさしさと慈しみを感じる不思議な絵だ。この頃のジャンヌは二人目の子供を妊娠していただろうから、なんだか匂うやかな母性も感じる。

幼い頃から病気がちで、病気の快癒を願う母とともにイタリア各地を転々とし、各地の美術館を観て歩いた、と展示解説にあった。イタリア人であるモディリアーニの原点がイタリア古典美術にあることは確実であろう。それを更に確認できたのは《大きな帽子をかぶったジャンヌ・ユピュテルヌ》だった。広いつばの黄土色を顔の背景にしたジャンヌが、頬に指を当てて斜めに首をかしげている。解説を読むと初期ルネサンスのシエナ派の影響とある。ああ、シモーネ・マルティーニの《受胎告知》だ!と口の中で叫んだ。モディリアーニは妊娠したジャンヌのために彼の《受胎告知》を描いたのかもしれないと思った。

 

結局パリへ戻ったモディリアーニは病気の再発と悪化により臥せってしまう。それでも渾身の気迫で二人の画学生の少女をモデルにした絵を完成させる。いや、これがなんとも素晴らしい!二人のそれぞれの個性が、溌溂とした若さが画面から立ち上ってくるのだ。画家としての頂点を極めようとする、まさにその時に迎えた死は悲運としか言いようが無い。

ジャンヌはモディリアーニの死を予感していた。ベッドに伏せる寝顔の連続スケッチは愛おしさにと哀しみに満ちている。モディリアーニの死の二日後、実家のある6階の窓から身を投げて後追い自殺をしてしまう。先に生まれた長女を残して…だ。
それで本当に良かったのだろうか?激しくも哀しい愛の物語だが、現実として捉えれば、ロマンチックな死と言うよりも、その死は現実からの逃避...かもしれない...とも思ってしまった(^^;;;