碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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ギャラクシー賞「大賞」受賞記念 ドラマ「あまちゃん」研究 序説 短期集中連載 第5回

2014年06月10日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

第51回ギャラクシー賞「大賞」受賞を記念して、「あまちゃん」に関する考察を短期集中連載しています。

第51回ギャラクシー賞「大賞」受賞記念

ドラマ「あまちゃん」研究 序説 
~なぜ視聴者に支持されたのか~
短期集中連載 第5回



⑤ ユーモア
「あまちゃん」の脚本を担当した宮藤官九郎は、劇団「大人計画」の役者として出発し、やがて脚本・演出でも頭角を現した。ドラマ「木更津キャッツアイ」(TBS、2002年)や「池袋ウエストゲートパーク」(TBS、2004年)などで見せたコメディのセンスが朝ドラという舞台でフル稼働している。

2013年の「流行語大賞」を獲得した「じぇじぇじぇ!」をはじめ、ユーモアに満ちた名台詞が連打されたことも大ヒットの要因の一つだ。

たとえば、漁協の事務員である花巻珠子(伊勢志摩)は70~80年代のポップスに詳しい。しかし、それを他人にひけらかしたり、自分の趣味を押し付けたりはしない。ふとした場面で当時のアーティストをめぐる薀蓄をつい口にしてしまった時、またそれを聞いた人が何のことか分からずにいる時、花巻はポツリとつぶやく。「分かるやつだけ、分かりゃいい」と。

これはサブカルチャーの愛好者が日ごろ感じることの多い疎外感、同時にそれと背中合わせの優越感を、ユーモアを交えて表現したものとして秀逸だった。

また、アキのレコーディングの場面では、プロデューサーの荒巻が本人の歌声を勝手に加工しようとする。これに対して春子が、「普通にやって、普通に売れるもん作りなさいよ」と言い放つ。荒巻のモデルは明らかに「AKB48」のプロデューサーである秋元康だ。

既存のアイドルとの差別化のために様々な手を打つ秋元の手法は、確かに過去に例のないものが多い。CDを買うことで、アイドルと握手ができる「握手券」や、シングル盤に参加できるメンバーを決めるための人気投票である「総選挙」の「投票券」が手に入ったりするのだ。トータルでは「秋元商法」とか「AKB商法」などと呼ばれたりもする。

アイドルビジネスとしての成功を収めた秋元本人に、「普通にやって、普通に売れるもん作りなさいよ」という言葉を投げることは、実際には困難だ。しかし、ドラマにおいては、ユーモアにあふれたセリフの中に批判精神を込めることも可能なのである。


(4)秀逸なキャスティング
キャスティングの権限と責任はプロデューサーにある。「あまちゃん」の場合は、制作統括の訓覇圭チーフ・プロデューサーだ。ドラマ「ハゲタカ」(NHK、2007年)や「外事警察」(NHK、2009年)といった骨太な社会派ドラマを手がけてきた訓覇は、「ハゲタカ」で大森南朋、「外事警察」で渡部篤郎など、いずれも意外性のある巧みなキャスティングで成功している。

① トリプルヒロイン
アキを演じた能年玲奈について、中森明夫はこう語っている。「午前32時の能年玲奈!そこに希望がある。アイドルの未来がある。朝と超・夜の二重の輝きにこの少女は祝福されている」(中森『午前32時の能年玲奈』)。午前32時とは、朝ドラの放送が始まる午前8時のことを指す。下敷きとなっているのは濱野智史が示した<昼の世界>と<夜の世界>という概念だ(宇野常寛・濱野智史「僕たちは〈夜の世界〉を生きている」)。

<昼の世界>とは政治や経済であり、<夜の世界>はサブカルチャーやネットカルチャーである。宇野常寛はそれを踏まえて、自分たちの世代は<夜の世界>から<昼の世界>を変えていくと宣言した(宇野『日本文化の論点』)。

それに対して中森は、<朝の世界>があるではないか、と言うのだ。夜から昼へと不可逆的な進行は困難だが、朝を通過する。<朝の世界>は、夜を超える<超・夜の世界>でもある。その<朝の世界>にいるのが能年玲奈であり、彼女が現れる午前8時は、32時である、というのが中森の主張だ。それほどに毎朝8時からアキを演じた能年玲奈は秀逸なキャスティングだった。

彼女は素のままでテレビ番組に出てくると、ほとんど話せない。極端な見知りでもある。しかし、オーディションで1953人の中から選ばれた逸材は、ドラマの中ではその異能ぶりをいかんなく発揮した。能年はアキとしてなら、どのような言葉も行動も思いのままであり、アキと同じくらいのその「天然」ぶりは、役柄と本人とが同化したかのようだった。

次に春子を演じた小泉今日子だが、この起用は80年代のトップアイドルが「80年代にアイドルを目指して挫折した過去」を持った40代女性を演じるという奇策である。春子の佇まいが、その存在全体が、元アイドルにして現在は個性派女優である小泉と重なって見えるのだ。

ノーメークに近い顔。ややふっくらした体型を包む服装。そしてスナック「梨明日(りあす)」のカウンターの中から、「あんた、本当にわかってんの!」とタンカを切る凄み。その「ヤンキー」なイメージも、どこか若き日の小泉本人とオーバーラップする。

2012年のドラマ「最後から二番目の恋」(フジテレビ)でも光っていたが、「あまちゃん」での小泉は、「40代女性が背負っているもの」を表現するという意味で、よりパワーアップした女優になっていた。

そして、夏の宮本信子である。女優・宮本信子の背後には(見えないが)、今も亡き夫であり、俳優・映画監督だった伊丹十三がいる。伊丹の妻として、また伊丹映画の主演女優として、伊丹十三の生き方、趣味、美学などに併走してきた宮本は独特の雰囲気を身に着けている。それをひと言で表現すれば、いい意味での「頑固」だ。

作品や演技に対する自らの考えを持ち、納得がいかなければ監督やディレクターときちんと話し合う。納得できれば、どんな役柄やシーンであれ、プロの女優として全うする覚悟がある。それはどこか「あまちゃん」における夏とも重なる。また、夫の忠兵衛(蟹江敬三)が船乗りであり、常に不在であることも、伊丹十三の不在と重なり、宮本が演じる夏とのダブルイメージとなっている。

整理すれば、「あまちゃん」のトリプルヒロインは、能年の「天然」、小泉の「ヤンキー」、宮本の「頑固」と、それぞれの素の持ち味が役柄に十二分に生かされる、絶妙なキャスティングで成り立っているのだ。

(連載第6回に続く)


ドラマ「BORDER」 成功の理由(ワケ)は?

2014年06月10日 | メディアでのコメント・論評

日刊ゲンダイに、テレビ朝日のドラマ「BORDER」に関する記事が掲載されました。

先週、最終回を迎えたわけですが、この記事の中で解説をしています。


こうして「小栗BORDER(ボーダー)」は成功した
強敵「西島MOZU(モズ)」にダブルスコアの大差

今クールの注目度ナンバーワン、西島秀俊(43)主演「MOZU Season1~百舌の叫ぶ夜~」(TBS系)を相手に大金星だ。

小栗旬(31)主演の「BORDER」(テレビ朝日系)は5日の最終回で平均視聴率14.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区=以下同)をマーク。裏番組の“西島モズ”にほぼダブルスコア(7.7%)の大差をつけ、有終の美を飾った。

こういっちゃなんだが、初回視聴率1ケタ台とスロースタートになったのは、テレビ局の番組PR不足も一因だろう。

小栗演じる主人公の刑事が、「死者と対話できる」特殊能力を使って難解な事件を次々と解決していくなんて触れ込みだったが、これでは“夢落ち”のように、作り手に都合よく展開するのでは……という懸念があった。

死亡した被害者が、主人公の背後から再登場し、わざわざ「犯人はヤツです!」などと教えてくれるのだから、事件の謎も種明かしもクソもない。オカルト的ですらあった。

それでも右肩上がりの視聴率が物語るように、視聴者はグイグイ引き込まれていった。いい意味で期待を裏切られたが、ドラマの勝因は何か。

■続編をにおわす最終回

上智大教授の碓井広義氏(メディア論)はこう分析する。

「小説の中では成立しても映像化するにはとても難しい世界を描いた作品ですが、原作者である金城一紀氏がシナリオも手がけたことで、もしかしたらあるかもしれないと視聴者に思わせる実に巧みなストーリーに仕上がっていました。

主人公のキャラクターは小栗旬のキャスティングを念頭におき、当て書きしたと聞きます。生みの親の思いを汲(く)み取り、きちんと具現化するには役者の演技力が必要不可欠ですが、小栗は見事に応えていた。彼は人間の内に秘める陰の部分を表現することに非常に長(た)けた俳優。小栗の持ち味と物語がうまく昇華されたドラマといえるでしょう」


■テレ朝は「相棒」に次ぐ鉱脈発見

最終回のラストは、小栗が殺人犯役の大森南朋をビルの屋上から突き落とし、正義と悪の境界線を越えてしまう――という内容だった。ボー然とたたずむ小栗の表情が映し出されるだけで、いかようにも続編を展開できる締めくくりだ。

「BORDER」はテレ朝にとって「相棒」に次ぐ金鉱脈となるか。「BORDER2」制作の境界線はもう越えていたりして。

(日刊ゲンダイ 2014.06.09)