この12年間、雨の日も風の日も、どこにいても、ほぼ1日1冊
のペースで本を読み、毎週、雑誌に書評を書くという、修行僧の
ような(笑)生活を続けています。
この夏、「読んで書評を書いた本」の中から、オトナの男にオス
スメしたいものを選んでみました。
閲覧していただき、一冊でも、気になる本が見つかれば幸いです。
2014年 夏
「オトナの男」にオススメの本
(その1)
「オトナの男」にオススメの本
(その1)
伊兼源太郎 『事故調』 角川書店
昨年、『見えざる網』で第33回横溝正史ミステリ大賞を受賞。デビューを果たした著者の受賞第一作である。
その事故は志村市の人工海岸で起きた。砂浜が突然陥没し、砂に埋もれた9歳の男児が死亡したのだ。世間から管理責任を問われる市だったが、非を認めようとはしない。回避不能な事故として処理に奔走する。
この件を担当するのは、刑事から市の職員へと転職してきた黒木だ。刑事時代に痛恨の失敗をしており、市長から「事故調への対応は慣れているはず」と指名された。独自の調査を進める黒木だったが、単なる事故とは言えない背後関係に突き当たる。役割か正義か。黒木に決断の時が迫る。
地方を舞台としたこの物語。事故の顛末やその後の推移、行政と警察とマスコミの関係などには、著者の新聞記者時代の経験が存分に生かされている。
大木晴子・鈴木一誌:編著 『1969 新宿西口地下広場』
新宿書館
1969年の幕開けは、1月18日から19日にかけての「東大安田講堂攻防戦」だった。前年から全国各地の大学で展開されていた学園闘争、またベトナム戦争反対運動など、社会は騒然とした空気に包まれていた。
そして2月28日の夕方、新宿駅西口の地下空間で、突然数人の若者がギターを抱えて歌い始める。後に「東京フォークゲリラ」と呼ばれる活動であり、「ベ平連」運動の一つだった。
やがて西口地下に集まる群衆の数は増え、7月には7千人を超える。警察側は広場を通路と改称し排除へと向かう。地下広場での運動としてのフォークゲリラは約5ヶ月で終焉を迎えた。
編者の大木は当時広場で歌っていた中心的メンバー。本書はその証言を軸に、複数の回想や論考で構成されている。付録のDVD、ドキュメンタリー映画『69春~秋 地下広場』も貴重だ。
本の雑誌編集部:編 『本屋の雑誌』 本の雑誌社
本好きにとって書店はオアシスであり、狩猟場であり、縁日であり、またシェルターでもある。要するになくてはならない存在なのだ。その書店と約40年、併走を続けてきたのが『本の雑誌』だ。本書はその集大成。書店の過去・現在・未来がここにある。
日高勝之 『昭和ノスタルジアとは何か』 世界思想社
映画、テレビ、雑誌などにあふれる「昭和懐古」が意味するものとは何なのか。『ALWAYS 三丁目の夕日』から『プロジェクトX』までを解読しながら、ノスタルジアの背後に潜む虚構性を明らかにしていく。気鋭のメディア学者による、新たな戦後文化論の試みだ。
桜木紫乃 『星々たち』 実業之日本社
一人の女をめぐる彷徨の物語だ。ヒロインの名は千春という。特に美しくも賢くもない。だが、どこか気になる不思議な女だ。
北海道のある町。スナック勤めの咲子は、久しぶりで娘と会うことになった。実母に預けたまま中学生になった千春だ。再会を果たした咲子は、以前から好意を寄せていた常連客の男の誘いを受け入れる。(「ひとりワルツ」)
医大に通っている自慢の息子が帰省した。母親の育子は嬉しい。だが、隣家の娘との親しげな様子が気に入らない。高校生の千春だった。(「渚のひと」)
巴五郎は地方の文化人だ。主宰する詩の教室に場違いな女が入会する。つい世話を焼いてしまうその女こそ、30代になった千春である。(「逃げてきました」)
全9編の連短編作集というより、精緻に組み立てられた長編小説の味わいだ。
佐々涼子 『紙つなげ!~彼らが本の紙を造っている』
早川書房
『エンジェルフライト・国際霊柩送還士』で開高健ノンフィクション賞を受賞した著者。受賞第一作は、日本製紙石巻工場の被災と復興のドキュメントだ。
2011年3月11日、東日本大震災と津波はこの日本一の規模を誇る製紙工場を襲った。単行本用から雑誌用まで、年間100万㌧もの印刷紙を生み出していた工場は、瓦礫と泥で埋め尽くされた。このままでは日本の出版事業が停滞してしまう。社員たちは自らも被災者でありながら、工場の復活へと邁進する。
著者の取材は前作同様、実に丁寧だ。その日、彼らはどこでどんな形で震災に遭遇したのか。工場の機能をどのように甦らせ、その過程で何を思っていたのか。一工場だけでなく、被災地の生の記録としても読める。
わずか半年で生産を再開した石巻の紙は、もちろんこの本にも使用されている。
辻原 登 『東大で文学を学ぶ』 朝日新聞出版
著者は「小説は果実だ。芯が空想や幻想で、それが膨らんで現実をつくる」が持論の芥川賞作家。『古事記』から谷崎潤一郎までが解読されるが、ドストエフスキーも登場する点がユニークだ。「作家は常にラストから考える」といった指摘も示唆に富んでいる。
内田 樹 『街場の共同体論』 潮出版社
月刊誌『潮』に寄稿したエッセイとインタビューで構成されている。家族とこの国を閉塞させている「母親の支配」。ヴァーチャルが実でリアルが虚となった社会。「自分探し」という自滅的イデオロギー。「おとなのいない国」日本。論旨はいずれも明快だ。
荒俣 宏 『喰らう読書術~一番おもしろい本の読み方』
ワニブックスPLUS新書
“歩く百科全書”が開陳する読書の極意だ。本はまるごと食べる。自腹で買う。目から鱗が落ちる快感を味わう。クズや毒にも思いがけない価値があると著者は言う。また読書は脳を極限まで活用できるエクササイズであり、現実界の制約や壁を飛び越える力を与えてくれるものだと。
さらに著者は、全集や叢書など「教養主義的読書」を提唱する。自分の中に価値体系を築くためだ。論じるなら、まず起源にまでさかのぼること。全集と百科事典には「体系」の本質がある。読書に必須の「概観力」はそこから生まれる。