【新刊書評2023】
週刊新潮に寄稿した
2023年3月前期の書評から
渡辺京二『夢と一生』
河合出版 1100円
『逝きし世の面影』などで知られる著者が亡くなったのは昨年の暮れ。92歳だった。本書は生前最後となる語り下ろしである。日本近代史や資本制市民社会を問い直す鋭い考察は、いかにして生まれたのか。その思想的原点を、熊本での子ども時代に始まる半生の歩みと共に明かしていく。中でもコミュニズムとの出会いと葛藤の率直な回想が興味深い。著者の独自性を知る意味でも貴重な一冊だ。(2023.02.10発行)
川本三郎『映画の木洩れ日』
キネマ旬報社 3630円
『キネマ旬報』の連載「映画を見ればわかること」がテーマ別の一冊となった。音楽、文学、戦争、家族といった章が並ぶ。『スリー・ビルボード』での「善」と「おぞましさ」の同居。『砂の器』における原作と映画の違い。戦争映画『ダンケルク』で見つけた美しい場面。すべての文章に、映画評論とは「読者に感動を数倍にして再体験してもらうもの」という著者の姿勢が反映されている。(2023.02.13発行)
森まゆみ『アジア多情食堂』
産業編集センター 1320円
雑誌『谷根千』元編集人の著者は無類の旅好きだ。本書は中国、韓国、台湾、さらにタイやラオスなどを歩いた、いわば旅日記である。「行く先々でふつうの人々の暮らしを見てきた」の言葉通り、現地の人と食に平常心で向き合っている。魯迅が愛した紹興の店で食す、タニシや黄ニラの炒め物と白飯。台南の牛肉スープも味わってみたくなる。市場と町の食堂、こぢんまりとした宿はアジアの宝だ。(2023.02.15発行)
丸山俊一+NHK「サブカルチャー史」制作班
『アメリカ流転の1950ー2010s~映画から読む超大国の欲望』
祥伝社 2200円
秀作ドキュメンタリー『世界サブカルチャー史 欲望の系譜 アメリカ編』の書籍化である。戦後から2010年代までの社会と文化を考察している。50年代の『裏窓』は冷戦時代を深く物語った。若者たちの反抗が始まった60年代の『俺たちに明日はない』。葛藤の80年代に愛国心を搔き立てたのは『トップガン』だ。さらに喪失の90年代から分断の10年代へと続く本書は、今を知るための過去への旅だ。(2023.02.10発行)
後藤正治『クロスロードの記憶』
文藝春秋 2035円
著者は「人の人生を描く」ことを続けてきたノンフィクション作家だ。本書では記憶に残る人たちが「他者と交差したひと時」にスポットを当てている。藤圭子と彼女を見出した作詞家・石坂まさを。伝説の名トレーナー、エディ・タウンゼントは若き天才ボクサー、井岡弘樹を鍛えた。また吉本隆明を陰で支えた、川上春雄という“個人編集者”がいた。いずれの交差路にも明るい憂愁が流れている。(2023.02.25発行)
内田 樹『夜明け前(が一番暗い)』
朝日新聞出版 1760円
『直感はわりと正しい』『常識的で何か問題でも?』に続く時評コラム集だ。辺野古新基地建設問題。権力者による不正の横行。突然のパンデミック。強行された東京五輪。そして経済の低迷。目の前で起きている事象をどう捉えるべきなのか。その本質とは何なのか。著者の視点と指摘がヒントとなる。本書はスリリングな同時代ドキュメントであり、「もうちょっとましな国になる」ための処方箋だ。(2023.02.28発行)