グルメネタ、時代をリード
ドラマの新定番に成長
今年も、主人公がおいしそうに料理を食べる姿を描くグルメドラマが盛況だ。年間通して多種多様な作品が放送され、長寿シリーズも少なくない。7月3日からは「ワカコ酒 Season7」(BSテレ東、月曜深夜24時)がスタート。識者は「ドラマの定番ジャンルといえば『医療』と『刑事』だが、深夜帯においては『グルメ』が新定番になっている」と話す。
偏見変えた「ワカコ酒」
酒飲みの舌を持って生まれたOL、村崎ワカコ(武田梨奈)が、さまざまな場所で女ひとり酒を堪能する人気シリーズ「ワカコ酒」。小林教子プロデューサーは「大事なのは、料理とお酒がおいしそうに見えること」と話す。そのための労力は惜しまない。
20~30人の撮影スタッフは全員、酒飲み。シーズンが始まる前には、原作の同名マンガを片手に「何を食べましょう会議」が開催される。料理が決まると、覆面調査員と化したスタッフが方々へ散らばり、「これは!」という店が見つかると正体を明かして、撮影交渉に入る。
「おいしそうに撮影するためには、実際においしくなければならない」が信条。「本当に食べるからこそ良いシーンが撮れる。フワッと上がる湯気も、グビグビという喉の音も全部本物」という。撮影は店休日に行われ、丸1日かかる。本番は大体3回で、1回目はそのまま食事、2回目は別角度の食事、3回目は箸の先を撮影。そのたびに料理はできたてを作ってもらう。店主らにも出演してもらい、演技指導する。
放送後、店にはファンが〝聖地巡礼〟に訪れる。シリーズの知名度が上がるにつれ海外客も増えた。「コロナ禍で家飲み回が増えていたが、飲食店支援も考えて、Season7は外飲み回に力を入れた」と話す。
ワカコがさすらい始めて8年、世の中は変わった。「かつて女の一人酒は珍しく、しょっちゅう飲んでいると『寂しい人』という印象を持たれがちだった」と振り返り、「今は違う。自分から楽しく飲んでいることへの理解が進んだ。『ワカコ酒』はそんな社会実現の一端を担っている」と胸を張る。「もっと長く続けて、いつか『孤独のグルメ』を追い越したい。かなり手ごわいですが」
新しい「幸せ」を示す
メディア文化評論家の碓井広義氏は「グルメドラマは社会の価値観の変化をリードしてきた」と話す。
人間関係に焦点を当ててきたドラマと違い、食事に向き合うグルメドラマというジャンルを「深夜食堂」(TBS系、ネットフリックス配信)が切り開き、架空の人物が一人で実際の店に行って食事をするという構成を「孤独のグルメ」(テレビ東京系)が完成させた。
「架空なのに現実と溶け合っている一種のドキュメンタリー。好きな時、好きな場所で好きなものを食べる自由という幸せを提示した」として、「一人飯のネガティブイメージを吹き飛ばし、個人の多様性を尊重する社会に先駆けた」と碓井氏。
その後も、誰と一緒に食べるのかも重要だと気付かせてくれる「きのう何食べた?」(同)など、時代を反映しながら〝食の楽しみ〟を賛美する多くの作品が生まれ続けている。
碓井氏は「今や、グルメドラマは老若男女問わず確実に視聴者がつくコンテンツ。地域やお店の宣伝になり、視聴者も喜ぶ。さらに(キー局中、最も小規模な)テレビ東京が総本山になったことからも分かる通り、大きな予算は必要ない。テレビ局にとってもありがたい、三方良しの存在だ」と分析し、「グルメは刑事・医療と並んで、ドラマジャンルの新御三家になった」と語った。
(産経新聞 2023.06.29)