碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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【新刊書評2023】 3月後期の書評から 

2023年07月24日 | 書評した本たち

 

 

【新刊書評2023】

週刊新潮に寄稿した

2023年3月後期の書評から

 

岩合光昭『アフリカではゾウが小さい~野生動物撮影記』

毎日新聞出版 2750円

『岩合光昭の世界ネコ歩き』は人気番組だが、著者はネコばかりを撮っているわけではない。世界的な動物写真家の集大成とも言えるフォト・エッセイが本書だ。いのちのリレーを見せてくれる、ボツワナのゾウ。夜明けの月の下で水たまりを歩く、ナミビアのキリン。その美しさや躍動感は、「彼らは自然とともにある。ヒトもまた自然とともに」という思いでレンズを向ける著者ならではのものだ。(2023.02.20発行)

 

保坂正康『Nの廻廊~ある友をめぐるきれぎれの回想』

講談社 2090円

昭和27年、札幌の中学に越境入学した著者は、同じ列車で通学する一歳上の「すすむさん」と心を通わせる。それから30余年、自身は昭和史に迫るノンフィクション作家となり、すすむ少年は学生運動闘士や経済学者を経て保守思想家「N」となっていた。生真面目で妥協を許さないNが著者だけに垣間見せた、「海を渡って内地に向かう少年」の素顔と葛藤。同時代を生きた畏友への感謝と鎮魂の書だ。(2023.02.28発行)

 

山本昭宏『残されたものたちの戦後日本表現史』

青土社 2420円

戦争で生き残った者たちが表現した「残されたもの」は何を語っているのか。気鋭の研究者が探っていく。ラバウルから生還した水木しげるは、ひたすら異形なるものを描いてきた。満州からの引き揚げを体験した別役実はヒロシマと不条理を書いてきた。そして原爆によって家族を奪われた中沢啓二は、凄惨な記憶と怒りを漫画作品に注ぎ込んだ。戦争が遺した「者とモノ」の実相が見えてくる。(2023.02.28発行)

 

佐高 信『佐高信評伝選3 侵略の推進者と批判者』

旬報社 2970円

満州国設立を推進した石原莞爾。軍事力による植民地支配を批判した石橋湛山。本書では彼らの実像に迫り、歴史的評価を下していく。両者の違いは「国権と民権の違い」だと著者。ただし『石原莞爾の夢と罪』が市川房江と犬養道子による対照的な石原観から始まるように、評伝にありがちな編年形式ではない。時代と格闘した生身の人間としての人物像が、ゆっくりと螺旋状に厚みを増していく。(2023.02.28発行)

 

奥 祐介『東京名酒場問わず語り』

草思社 1760円

マスクをせずに外を歩けるようになってきた。久しぶりで酒場に足を運んでみようと思っている人も多いのではないか。本書は元書籍編集者による酒場エッセイ集。大いに刺激となり参考となる一冊だ。たとえば浅草では「酒の大枡」「ぬる燗」「うまいち」といった店を巡行するが、その柔らかな語り口だけで十分酔える。他に銀座、大塚、神楽坂などの行きたくなるバーや居酒屋、蕎麦屋が並ぶ。(2023.03.06発行)

 

いとうせいこう:監修、毎日新聞出版:編

『われらの牧野富太郎!』

毎日新聞出版 2420円

4月に始まるNHK連続テレビ小説『らんまん』。神木隆之介演じる主人公のモデルが、『牧野日本植物図鑑』などで有名な植物学者・牧野富太郎だ。本書は「牧野ワールド」を知る絶好の入門書である。簡潔なライフヒストリー、植物専門家による解説、牧野が全国を巡った植物の旅、さらに朝ドラの脚本家・長田育恵といとうせいこうの対談も収録。「なぜ今、牧野なのか?」が見えてくる。(2023.03.15発行)