碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

週刊ポストで、『ブギウギ』の「師弟愛」について解説

2023年12月10日 | メディアでのコメント・論評

 

 

どんな苦難も乗り越える

『ブギウギ』師弟愛の

”仰げば尊し”

 

戦争の苦難にもがきながら、もっと大きなスター歌手になりたいと奮闘するヒロイン・スズ子(趣里、33)の瞳の先にはいつも師である羽鳥善一(草なぎ剛、49)がいる──。NHK朝ドラ『ブギウギ』で描かれるヒロインと天才作曲家の「師弟愛」が、とにかく素敵なのだ。

2人の師弟関係が強固になったのは、スズ子が1.5倍の給料を提示されたライバル会社への移籍騒動を乗り越えた時だ。“日本ポップス界の父“と称される作曲家の服部良一さんをモデルにした羽鳥は、「これを見ても君の心が変わらないなら仕方がない」とスズ子のために作っていた曲の楽譜を渡し、スズ子も師が手がけた歌を歌いたいという自分の思いに気づく。

メディア文化評論家の碓井広義氏が語る。

「大騒動を起こしてしまい、“自分には歌う資格がない“と落ち込むスズ子に羽鳥が『これからも人生にはいろいろある。まだまだこんなもんじゃない。嬉しい時は気持ちよく歌って、辛い時はやけのやんぱちで歌うんだ!』と語ります。

このセリフは、その時々の感情のまま歌って表現するというスズ子の原点を気づかせると同時に、“ショービジネスはそんな甘っちょろいものではないよ“とこの世界で生きる覚悟を伝える意味も込められている。羽鳥とスズ子の師弟愛が伝わる場面でした」

戦時下で自由に歌えなくなり思い悩むスズ子に対し、自らの信念を貫く歌手・茨田りつ子(菊地凛子)の公演のチケットを渡すなど、スズ子が奮起するような機会をさりげなくアシストするのも羽鳥だった。

切っても切れない

たまたま初回放送を観て『ブギウギ』にハマっているというお笑いタレントの村上ショージ(68)は、自身の師匠と重ねてこう振り返る。

「僕は20歳を過ぎて吉本に入り、ほんわかした雰囲気で優しそうだった滝あきら師匠に弟子入りを志願したんです。声を荒らげることもなく生き様も面白い人で、義理人情を大切にする師匠でした。飄々としていつも優しそうな表情を浮かべている『ブギウギ』の羽鳥さんに雰囲気が似ています。

ただ、羽鳥さんのように熱心に指導するタイプではなく、師匠は僕に対して『このネタ面白いか』とよく意見を求められました。面白くないなんて言えないからどんなネタにも『はい! 面白いです』と言うてましたら、師匠は舞台に出てスベっていました(笑)。僕の『スベり芸』は師匠譲りかもしれません」

スズ子と羽鳥のように、昭和の時代に師匠のもとで学ぶことができたのは幸せだったと村上は語る。

「今は若い芸人でも賞レースに出てドンと売れるし、ユーチューブなどで人気が出ればメシを食べていけます。師匠のもとで修業しなくても自力で道を切り拓けるのは悪いことではない。でも『弟子入りさせてください』と言ってくる若手もいなくなり、昔ながらの師弟関係がなくなったのは少し寂しいですね。

だからこそ『ブギウギ』で描かれる師弟関係は僕ら世代にどストライクで、お互いを認め合って高め合う2人を見ると、師匠とのことも思い出して温かい気持ちになります。僕には50過ぎた弟子もいますが、師匠と弟子というのは切っても切れない関係なんです」

分け合う関係

歌のレッスンは厳しくても、それが終われば羽鳥の家族とも一緒に楽しく食事をする。そうした師弟関係も描きたかったと『ブギウギ』制作統括の福岡利武氏は語る。

「スズ子が羽鳥の家で、彼の家族と食卓を囲むシーンも多く、2人はやがて家族ぐるみの付き合いになっていきます。昭和の時代は、そのような師弟関係は珍しくありませんでしたが、今の時代はなかなかないと思います。モデルとなった笠置シヅ子さんと服部良一さんは“純粋に良いものを生み出そう“という思いを共有している関係が素敵だなと思いまして、そのような関係性をドラマでも強調して描きたいと考えました」

ただし、令和の時代だけに、上下関係にある羽鳥とスズ子の描き方には注意を払ったという。

「ハラスメントに厳しい時代なので、台本を作る上で羽鳥の指導がパワハラに映らないように気をつけました。レッスン中に羽鳥が何度も歌の出だしをやり直させるシーンでは、『もう一度』と繰り返す草なぎさんの芝居がどこかコミカルでしたし、スズ子が追い詰められるような描き方にならないようにしました」(同前)キーマンとなる羽鳥役を草なぎに託したことで「嬉しい誤算」もあったと福岡氏は続ける。

「僕は大河ドラマ『青天を衝け』(2021年)でも草なぎさんとご一緒していますが、その時、草なぎさんが演じたのは“最後の将軍“徳川慶喜で複雑な感情を抱える難しい役柄でした。一方、撮影現場でお話しすると、草なぎさんご自身が持つ明るさが素敵だなと思っていました。

『ブギウギ』のキーマンである羽鳥は、音楽への純粋な思いを持ち、戦時下でも明るさを失わない前向きなキャラクターにしたかった。それで草なぎさんがピッタリだと思い、オファーしました。実際に草なぎさんの芝居を見ると、こちらが想像していた倍以上に明るく前向きな羽鳥を作り上げていただいたのは嬉しい誤算でした」

前出の碓井氏が言う。

「将棋の藤井聡太八冠の師匠である杉本昌隆八段は『師匠は技術や魂を弟子に伝承し、弟子はひたむきさを師匠に伝える。その姿を見て師匠は刺激を受ける』と語り、こうした師弟関係を“分け合う関係“と表現していました。

ならば、スズ子と羽鳥の関係も“分け合う関係“という表現がしっくりきます。男女という枠を超えて、音楽で結びつき、互いのひたむきさから刺激や励みを分け合っている。そうした理想的な師弟関係が、視聴者の胸に響くのでしょう」

師匠の厳しくも温かい愛を糧に、スズ子はスターダムへと駆け上がる。

(週刊ポスト 2023年12月15日号)


『二人の美術記者 井上靖と司馬遼太郎』の書評、地方紙に掲載

2023年12月10日 | 書評した本たち

 

共同通信を介して、

『二人の美術記者 井上靖と司馬遼太郎』の書評が

各地の地方紙に掲載されました。

 

 

亡びないものへの希求

ホンダ・アキノ:著

『二人の美術記者 井上靖と司馬遼太郎』

評・碓井広義(メディア文化評論家)

 

作家の井上靖が亡くなったのは1991年。5年後の96年、司馬遼太郎が世を去った。しかし長い年月を経た現在も2人の作品は書店に並び、読まれ続けている。

そんな彼らには意外と知られていない共通点があった。作家として独立する前、新聞社の「美術記者」だったという経歴である。

本書の出発点となる問いは次の通りだ。「美に出会い、接した日々は、のち小説家となった二人にとってどんな意味をもったのか。生きている限り、常に人とともにある芸術とはいったい何なのか」。著者はそれぞれの歩みと作品を丹念にたどり始める。

興味深いのは美術記者に対する思いが異なることだ。京都大大学院で美学を学び、一時は美術評論家を目指した井上。積極的に仕事と向き合い、作家になった後も美術と密な関係を結んでいった。

司馬は社会部から文化部へと異動して美術担当を命じられた時、自分は何のために新聞記者になったのかと落胆したそうだ。

とはいえ、美術理論を学んだり、画廊や美術展を熱心に回ったりした経験は貴重な財産として蓄積されていく。司馬もまた生涯を通じて美術に寄り添い続けた。

芸術家に対する嗜好(しこう)にも違いがある。井上が最も傾倒したのはゴヤだった。「無比の冷酷さ」で物を見るリアリストぶりに強く共鳴したのだ。

一方、司馬が夢中になったのはゴッホである。ただし、井上はゴヤの成した仕事に憑(つ)かれたが、司馬はゴッホという人間に惹(ひ)かれたと著者は言う。両者の文学観にも通じる重要な指摘だ。

本書では2人が宗教記者だったことにも注目する。かつて僧侶の試験を受けた井上の「敦煌」。高野山で出家を考えたことがあった司馬の「空海の風景」。美術と仏教は「亡(ほろ)びないもの」への希求という意味で共通するのかもしれない。

井上にとっての美は「自分に引き寄せて永遠をみせてくれる」ものであり、司馬にとっては「人間とその精神を考えさせる」ものだった。(平凡社・2640円)

ほんだ・あきの 大阪府生まれ。新聞記者や出版社の編集者を経てフリーとなる。

(河北新報 2023.11.26)