
『東京新聞』に連載しているコラム「言いたい放談」。
今回、書いたのは、「ちい散歩」→「若大将のゆうゆう散歩」をめぐる
お話です。
近くへ行きたい
旅番組「遠くへ行きたい」の演出をしていた時期がある。事前取材で現地を訪れるのだが、納得いくネタが見つからず途方に暮れることもあった。そんな時、励まされたのが「知らない横丁の角を曲がれば、もう旅です」という永六輔さんの言葉だ。
ただの旅人の気持ちで町を歩き直すと、不思議なくらい何かに遭遇できた。するとさっきまでの不安も忘れ、ご近所を歩くだけの番組があってもいいなあ、タイトルは「近くへ行きたい」で、などと思ったものだ。
テレビ朝日で放送されていた「ちい散歩」を初めて見た時は、「あ、やられた」と苦笑い。飾らない地井武男さんの人柄と、電車のひと区間だけを歩くといった遊び心にひかれて、ずっと楽しんできた。今月はじめに幕を閉じたのは本当に残念だ。
その後、番組は「若大将のゆうゆう散歩」となり、“大スター”加山雄三さんが散歩というより巡回といった雰囲気で、ずんずん歩き回っている。何を見ても「おい、嘘だろう。すげえなあ、コレ」と歓声をあげているが、身分を隠した遠山の金さんみたいで、どこかこそばゆい。
比較は無意味と知りながら、路地裏に咲く花や見落としがちな看板にも目をとめていた地井さんの、のんびりゆったりした散歩スタイルが懐かしい。梅雨に入る前に、最寄り駅の一つ手前で降りて家まで歩いてみようかと思う。
(東京新聞 2012.05.30)