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東京新聞に連載しているコラム「言いたい放談」。
今回を、先日亡くなった元横綱大鵬からの連想です。
君は大鵬を見たか
元横綱大鵬の訃報に接して、すぐ頭に浮かんだのは幼なじみの顔だった。名前は稔くん。親戚で家は隣同士、生まれたのも同じ年だ。昭和三十年代の子供として一緒に遊びながら育った。
「巨人、大鵬、卵焼き」は確かに私たちが好きだったものだ。その頃、故郷・信州のテレビはNHKと民放一局。プロ野球中継といえば巨人戦であり、子供は自動的に巨人ファンになる。
大相撲中継もよくどちらかの家で見た。千秋楽で大鵬と柏戸の決戦が毎回のように行われ、ほとんどは大鵬が勝った。一度、全勝同士の取組で大鵬が敗れたことがあり、その時、私は悔しまぎれに柏戸の悪口を言った。
ところが同意してくれるはずの稔くんが「うん」と言わない。それどころか、なぜ大鵬が負けたのかを、取り口を振り返りながら説明しはじめたのだ。勝った理由ではなく、負けた原因を探る作業は楽しくはない。しかし、稔くんが示した「逆からの視点」は新鮮だった。調べてみるとそれは昭和三十八年の九月場所で、二人は八歳だった。
私は北海道の大学に赴任して以来、日本ハムファイターズのファンだ。大相撲は夜のダイジェストしか見ていない。だが、かつて母が作ってくれた甘い卵焼きは好きなままだ。私に「失敗学」の基礎を教えてくれた稔くんも大人になって、現在はエプソンの社長をしている。
(東京新聞 2013.01.23)