何とも面白いデザインを考えて来るものである。・・・・らしいって言うのはこれって
事をしかも簡単そうに・・・・。こう言うデザインをね。
当然この下絵を見てすぐにオッケ-を出した。でも出したオッケ-はあくまで形。
色はここには描かれていないのだから・・・・。しかし形は次に進める。

と、これをベ-スにこうなった。問題はここから始まったのね・・・・
んで、どんな色合いを考えているの?と当たり前に聞いて見た・・・すると金が使いたい
って言うのね・・。それで?と次に進むと、バックは白っぽく・・・それで?と続けると、
猫は何色が良いですか?・・・・ん・・・・となったのね。
では考え方を変えて貰う為に質問の仕方を変えて見たのね。ねぇこの時計って何処に
ある設定?・・・・すると、ジブリの耳をすませば・・・のあの骨董品屋さんに・・・
へぇぇぇ、あそこにあるような時計なのね・・・じゃどんな時計?と聞くと・・・・
どんなってどんなって答えれば良いのか判らない・・・・って言うのね。
良くこんなやり取りをした時につまづく人がいるのだけれど、まずは事実だけを拾う事。
つまり今回なら骨董品屋さんにあるのだから、古時計って考えるのが普通だよね・・・
当たり前とは思わず、当たり前の事をきちんと相手に伝える。伝わるように。
それには確認して、納得する。1つ1つ進まないと間違いや勘違いが起こる。
それをまっ小さな事だから・・・とすれ違いはとんでもない事になる。
何故ならまっ良いかって人はここにはいない・・・・のだから。
何しろそんなの決まっているじゃん・・・それはしない事が大事なのね・・・。しかも、
もし新品って言うのなら、骨董品屋さんに置くって設定に無理があるし、普通じゃない。
こんな事を考える時に、見えない同席者・・・つまり陪審員みたいな人が常にここにいる
・・・・そんな癖を付ける。しかも見えない同席者を作る時に、その同席者は誰なの?
が大事なのね。俺は結構いっぱい同席させる事が出来るようになったが、
まずは1人だけで良い。例えばオ-ドリ-が骨董品屋のお爺さんを置いたとする。
するとお爺さんに聞かれるだろうね・・・お嬢さんこれは何処で手に入れましたか?
ってね。じゃここに骨董品屋さんの子供がいたとしたら?・・・・ねぇお姉さん、
何でこれ手放しちゃうの?・・・・勿体無いじゃん。ねぇどうして?って聞かれない?
もしそれが猫だったら?・・・・猫と話さないとならなくなる。君は・・・・
人間になっちゃったのかい?・・・・色々と膨らませる事は出来るはずなのね。
じゃもっと具体的な人を置く。家族でも良いし、常連の誰かでも良い。甥っ子、姪っ子
だれでも良い。あげたいな・・・って思う人でも良い。その人と見えない会話をする。
想像力ってのはこう言う事。だから個性的になるのね。その人だけにしか見えないのだから・・・・。けれどいきなり言われてもね・・・そんな使い方した事なんかある訳無い。
そもそもそんな学校無いしね。まっやり方としては、オ-ドリ-に悩ませる・・・
何しろ感のみで生きて来た人だから・・・。だからそうで無い事を本気で向き合わせる。
20年以上、感に頼った生き方をしたのだから、それは教わらなくても今まで程度の結果は
出るはず。それを教わってそれ以上の結果を出そうと思うのなら、まずは受け入れて
本気で自分と向き合う事。一体何がしたいのか?・・・・私は・・・とね。
けれどそんな事言われても・・・と戸惑って当然。そこで自分との向き合い方となる。
要は図面やら設計図、ラフ画だったりスケッチ・・・何でも良いがそんなもんがきちんと
描けるのなら、とっくにここに持って来れるはずなのね。つまりまとまらなかったから
手伝って・・・って話なんだけれど、まとまらなかったのは何故か?って話をしてるのね
それがさっきの話なのね。何と無く感で金色が使いたい・・・そして品のある高級って
考えたら白い高級なお皿が浮かんだから・・・・って話なのね。オ-ドリ-はね。
しかも大体は想像付いていたのね。何故ならアトリエから資料として持って行った本が
オ-ルドノリタケだったから・・・。奴ならそんな事を考えて来るかもな・・・と。
持って行った時に想像の1つと考える事は出来る。何故?そりゃ簡単。古時計作るのに
ただの古時計作るのに、オ-ルドノリタケって最高級な本が必要?。有り得ない。
じゃ一体あの本を感で持って行ったオ-ドリ-の感に引っ掛かったものは何か?となる。
奴が高級感を求めるとは思えない。そうなるとそれと勘違いさせている似ているものは?
ん・・それも簡単。恐らく気品って意味だろう。それをオ-ルドノリタケに見たのだろう
だから、結果として古い気品のある時計にしようと思ったのであろう・・・きっと・・・
となる。しかし、何しろ感。えっと白いお皿のような・・・おぉぉぉぉい、待てぇぇい。
白い金縁のお皿・・・確かに気品はある。が何かが変では無いか?・・・
白い・・・イメ-ジ。古いに繋がるか?・・・白は純白、汚れ無きとか何しろ新しい。
そんな感じには思えないか?そして何よりも古時計に見えるかどうか?
更に決定的なのは時計の中身が白い事・・・・本当に合う?オ-ドリ-の感の悪さはここ。
最初に選んだ事を忘れてしまうのね・・・。そこが一貫性が無くなる事なのね。
本当に大事なのは古時計であって、すでに時計はそう考えて買ってあると言う事。
だから最初の自分に合わせて行く事・・・何故なら最初から図面が無かったから・・・
だからこそ実はその図面作りの1つ目が時計を買う事だった・・・それを決めた事で
大きさが決まって行くし、雰囲気とかかなりの部分の大きさが全体から無くなったとも
言える・・・。そうやって少しずつ無くして行く・・・って考え方もある。
きちんと古時計にするには・・・ってね。
けれど、そんな中、描いた下絵はさっきの絵・・・では更に掘り下げると・・・?
どんな古時計?・・・・えっ?・・・・みんなはあの絵を見てどんな古時計に見える?
俺は猫の付いた古時計だと思うんだけれど・・・・。そんな時計はどんな色・・・?って
・・・考えて見てはどうか?・・・
そして金が使いたい・・・って事だよね・・・。じゃ金って何?どんなイメ-ジ・・・
派手?豪華?素敵?・・・・って色々と考えられる事を並べて行った時に、そんなイメ-ジが
あるものを使いたいんだよね・・・私となる。それで、そう見える金をどの位使えば
私の理想になるのかな・・・?なのね。
つまり私の理想・・・金・・・オ-ルドノリタケ・・・豪華じゃなく気品・・・
その量は・・・となる。そうしてオ-ドリ-が考えたのは、縁取りに金となる・・・・
そこからまた古時計・・・と掘り下げる・・・ん・・・・
ここからは長くなるからはしょると、もしねこが付いた時計と言うのなら、
ねこがメインとなる。ならば金がねことなればかなり目立つ。そしてもし目立ち過ぎと
考えるのなら、いかに目立ち過ぎになった猫を目立たなくするか?となる。
しかし金の縁取りが付いたねこの古時計となると、ねこが金に負けないようにすれば、
かなり派手な古時計になって行くだろうし、金より控えめにすれば、凄く地味になる
可能性もある・・・。ここ。一体オ-ドリ-のさじ加減は何処に?・・・・となる。
そしてそんな中で、ねこが金となり、考え方は金のねこを目立ち過ぎないように・・・
になった。金が目立って、金が目立ち過ぎず・・・そんなものがあるのか?・・・・
そしてそれが横に置いてある色になる・・・・やっとたどり着く・・・ここに。
目立ち過ぎないように・・・と考えると、控えめにし過ぎて、目立たせたいと考えると、
やり過ぎて・・・・要はそのさじ加減の普通は・・・?って言う基準探しなのかもね・・
それをベ-スに私はみんなよりも、濃い味好きなのか?薄味好きなのか?となる。
それをついつい普通・・・を自分として考えてしまう・・・・。
ひとまずオ-ドリ-は今日1日完全に自分と向き合ってヘトヘトで帰ったのね。
けれどかなり方向性は見えたはず・・・。
事をしかも簡単そうに・・・・。こう言うデザインをね。
当然この下絵を見てすぐにオッケ-を出した。でも出したオッケ-はあくまで形。
色はここには描かれていないのだから・・・・。しかし形は次に進める。

と、これをベ-スにこうなった。問題はここから始まったのね・・・・
んで、どんな色合いを考えているの?と当たり前に聞いて見た・・・すると金が使いたい
って言うのね・・。それで?と次に進むと、バックは白っぽく・・・それで?と続けると、
猫は何色が良いですか?・・・・ん・・・・となったのね。
では考え方を変えて貰う為に質問の仕方を変えて見たのね。ねぇこの時計って何処に
ある設定?・・・・すると、ジブリの耳をすませば・・・のあの骨董品屋さんに・・・
へぇぇぇ、あそこにあるような時計なのね・・・じゃどんな時計?と聞くと・・・・
どんなってどんなって答えれば良いのか判らない・・・・って言うのね。
良くこんなやり取りをした時につまづく人がいるのだけれど、まずは事実だけを拾う事。
つまり今回なら骨董品屋さんにあるのだから、古時計って考えるのが普通だよね・・・
当たり前とは思わず、当たり前の事をきちんと相手に伝える。伝わるように。
それには確認して、納得する。1つ1つ進まないと間違いや勘違いが起こる。
それをまっ小さな事だから・・・とすれ違いはとんでもない事になる。
何故ならまっ良いかって人はここにはいない・・・・のだから。
何しろそんなの決まっているじゃん・・・それはしない事が大事なのね・・・。しかも、
もし新品って言うのなら、骨董品屋さんに置くって設定に無理があるし、普通じゃない。
こんな事を考える時に、見えない同席者・・・つまり陪審員みたいな人が常にここにいる
・・・・そんな癖を付ける。しかも見えない同席者を作る時に、その同席者は誰なの?
が大事なのね。俺は結構いっぱい同席させる事が出来るようになったが、
まずは1人だけで良い。例えばオ-ドリ-が骨董品屋のお爺さんを置いたとする。
するとお爺さんに聞かれるだろうね・・・お嬢さんこれは何処で手に入れましたか?
ってね。じゃここに骨董品屋さんの子供がいたとしたら?・・・・ねぇお姉さん、
何でこれ手放しちゃうの?・・・・勿体無いじゃん。ねぇどうして?って聞かれない?
もしそれが猫だったら?・・・・猫と話さないとならなくなる。君は・・・・
人間になっちゃったのかい?・・・・色々と膨らませる事は出来るはずなのね。
じゃもっと具体的な人を置く。家族でも良いし、常連の誰かでも良い。甥っ子、姪っ子
だれでも良い。あげたいな・・・って思う人でも良い。その人と見えない会話をする。
想像力ってのはこう言う事。だから個性的になるのね。その人だけにしか見えないのだから・・・・。けれどいきなり言われてもね・・・そんな使い方した事なんかある訳無い。
そもそもそんな学校無いしね。まっやり方としては、オ-ドリ-に悩ませる・・・
何しろ感のみで生きて来た人だから・・・。だからそうで無い事を本気で向き合わせる。
20年以上、感に頼った生き方をしたのだから、それは教わらなくても今まで程度の結果は
出るはず。それを教わってそれ以上の結果を出そうと思うのなら、まずは受け入れて
本気で自分と向き合う事。一体何がしたいのか?・・・・私は・・・とね。
けれどそんな事言われても・・・と戸惑って当然。そこで自分との向き合い方となる。
要は図面やら設計図、ラフ画だったりスケッチ・・・何でも良いがそんなもんがきちんと
描けるのなら、とっくにここに持って来れるはずなのね。つまりまとまらなかったから
手伝って・・・って話なんだけれど、まとまらなかったのは何故か?って話をしてるのね
それがさっきの話なのね。何と無く感で金色が使いたい・・・そして品のある高級って
考えたら白い高級なお皿が浮かんだから・・・・って話なのね。オ-ドリ-はね。
しかも大体は想像付いていたのね。何故ならアトリエから資料として持って行った本が
オ-ルドノリタケだったから・・・。奴ならそんな事を考えて来るかもな・・・と。
持って行った時に想像の1つと考える事は出来る。何故?そりゃ簡単。古時計作るのに
ただの古時計作るのに、オ-ルドノリタケって最高級な本が必要?。有り得ない。
じゃ一体あの本を感で持って行ったオ-ドリ-の感に引っ掛かったものは何か?となる。
奴が高級感を求めるとは思えない。そうなるとそれと勘違いさせている似ているものは?
ん・・それも簡単。恐らく気品って意味だろう。それをオ-ルドノリタケに見たのだろう
だから、結果として古い気品のある時計にしようと思ったのであろう・・・きっと・・・
となる。しかし、何しろ感。えっと白いお皿のような・・・おぉぉぉぉい、待てぇぇい。
白い金縁のお皿・・・確かに気品はある。が何かが変では無いか?・・・
白い・・・イメ-ジ。古いに繋がるか?・・・白は純白、汚れ無きとか何しろ新しい。
そんな感じには思えないか?そして何よりも古時計に見えるかどうか?
更に決定的なのは時計の中身が白い事・・・・本当に合う?オ-ドリ-の感の悪さはここ。
最初に選んだ事を忘れてしまうのね・・・。そこが一貫性が無くなる事なのね。
本当に大事なのは古時計であって、すでに時計はそう考えて買ってあると言う事。
だから最初の自分に合わせて行く事・・・何故なら最初から図面が無かったから・・・
だからこそ実はその図面作りの1つ目が時計を買う事だった・・・それを決めた事で
大きさが決まって行くし、雰囲気とかかなりの部分の大きさが全体から無くなったとも
言える・・・。そうやって少しずつ無くして行く・・・って考え方もある。
きちんと古時計にするには・・・ってね。
けれど、そんな中、描いた下絵はさっきの絵・・・では更に掘り下げると・・・?
どんな古時計?・・・・えっ?・・・・みんなはあの絵を見てどんな古時計に見える?
俺は猫の付いた古時計だと思うんだけれど・・・・。そんな時計はどんな色・・・?って
・・・考えて見てはどうか?・・・
そして金が使いたい・・・って事だよね・・・。じゃ金って何?どんなイメ-ジ・・・
派手?豪華?素敵?・・・・って色々と考えられる事を並べて行った時に、そんなイメ-ジが
あるものを使いたいんだよね・・・私となる。それで、そう見える金をどの位使えば
私の理想になるのかな・・・?なのね。
つまり私の理想・・・金・・・オ-ルドノリタケ・・・豪華じゃなく気品・・・
その量は・・・となる。そうしてオ-ドリ-が考えたのは、縁取りに金となる・・・・
そこからまた古時計・・・と掘り下げる・・・ん・・・・
ここからは長くなるからはしょると、もしねこが付いた時計と言うのなら、
ねこがメインとなる。ならば金がねことなればかなり目立つ。そしてもし目立ち過ぎと
考えるのなら、いかに目立ち過ぎになった猫を目立たなくするか?となる。
しかし金の縁取りが付いたねこの古時計となると、ねこが金に負けないようにすれば、
かなり派手な古時計になって行くだろうし、金より控えめにすれば、凄く地味になる
可能性もある・・・。ここ。一体オ-ドリ-のさじ加減は何処に?・・・・となる。
そしてそんな中で、ねこが金となり、考え方は金のねこを目立ち過ぎないように・・・
になった。金が目立って、金が目立ち過ぎず・・・そんなものがあるのか?・・・・
そしてそれが横に置いてある色になる・・・・やっとたどり着く・・・ここに。
目立ち過ぎないように・・・と考えると、控えめにし過ぎて、目立たせたいと考えると、
やり過ぎて・・・・要はそのさじ加減の普通は・・・?って言う基準探しなのかもね・・
それをベ-スに私はみんなよりも、濃い味好きなのか?薄味好きなのか?となる。
それをついつい普通・・・を自分として考えてしまう・・・・。
ひとまずオ-ドリ-は今日1日完全に自分と向き合ってヘトヘトで帰ったのね。
けれどかなり方向性は見えたはず・・・。