雨に濡れ滴が光る紫陽花の
向こうに見える子らの登校

昨年の家庭訪問の時期です。
かつての受け持ちのかずみちゃんが実家に里帰りをしていました。
学年が違っていて、受け持ちでなかったのですが、かずみちゃんのおいとめいの家庭訪問の日でもありました。
「せんせい、わたしんところにも家庭訪問に来てよ。」
はい。そうしましょう。

その日の家庭訪問が終わってから、かずみちゃんの実家にちょっと立ち寄りました。
「家庭訪問に来たよ。」
と言うと、お父さんやお母さんも交えての第二次家庭訪問です。
30数年ぶりのかずみちゃんちの家庭訪問です。
あの当時を思い出します。

当時かずみちゃんのところに行くと、部屋に放した小鳥が頭に止まったり、肩に止まったりと鳥が苦手な「かったか」は、話もなかなかできず、
「悪かったら、どんどんと叱って下さい。」
というお家の方の言葉にも・・・鳥が気になりながらの
「う、うん。」
の言葉。
あれから30数年。
この日の家庭訪問は、こちらがしゃべるのではなく、かずみちゃんの「マシンガントーク」が体中に止まります。
お家の方、そして、めいやおいのお母さん、つまり、弟のお嫁さんと一緒に聞いていました~~。
懐かしいひとときでした。

しかし、時が経ち、道徳の研究授業をするときに、かずみちゃんが講師で来てくれました。
出産1か月絶たないのに、赤ちゃんも連れて、出産前後の感動の話をしてくれました。
いろんなつながりがあります。
そして、昨日の夜、昨年ぶりに電話がありました。
電話でいきなり、
「声は相変わらず元気やな。先生、死なんでよ。」
うむ?いきなりなんだ?
「今日のブログを読んでいたら、ちょっと悲しくなって、先生も死んでしまうのではないかと思った。まだ死なんでよ。」
なんち。昨日のブログの話からでした。
昨日の校長先生の話は、退職して、いろんな活動をしながらも、間もなく、病気でお亡くなりました。
自分に置き換えれば、たしかにそうかも知れない。
しかし、これだけは人の人生。誰もがどうなるかはわかりません。用事はそれですか。
安否確認です。
はいっ。
悲しいと言いながらもあとは、いつものマシンガンです。
さすが、言葉のきれはすごい。
しかし、今は、コロナウィルスの関係で帰省することができません。
「実家のお父さん、お母さんもきっと寂しがっているよ。」
と言いました。

話はちょっと暗くなりますが、よく、インターネットなどで、生きている間に、両親と「あと何回会えるか」という話題が出てきます。
かりに10年、親が生きていたとして、
「年に5日は里帰りしているとしよう。すると、あなたが親に会えるのはあと10年ではない。50回だ。「年」ではなく「回」という単位のなかで、親に何をしてあげられるかと考えなければならない。あと何回、大切な人と会えるか、考えると、大切な人への関わり方も変わってくる。」
なるほど。

二度と来ない今を大切に生きていく生き方をしていきたいですね。
昨日は、意外な話題の電話でした~~~。

かずみちゃん、まだもうちょっと大丈夫かな?
向こうに見える子らの登校

昨年の家庭訪問の時期です。
かつての受け持ちのかずみちゃんが実家に里帰りをしていました。
学年が違っていて、受け持ちでなかったのですが、かずみちゃんのおいとめいの家庭訪問の日でもありました。
「せんせい、わたしんところにも家庭訪問に来てよ。」
はい。そうしましょう。

その日の家庭訪問が終わってから、かずみちゃんの実家にちょっと立ち寄りました。
「家庭訪問に来たよ。」
と言うと、お父さんやお母さんも交えての第二次家庭訪問です。
30数年ぶりのかずみちゃんちの家庭訪問です。
あの当時を思い出します。

当時かずみちゃんのところに行くと、部屋に放した小鳥が頭に止まったり、肩に止まったりと鳥が苦手な「かったか」は、話もなかなかできず、
「悪かったら、どんどんと叱って下さい。」
というお家の方の言葉にも・・・鳥が気になりながらの
「う、うん。」
の言葉。
あれから30数年。
この日の家庭訪問は、こちらがしゃべるのではなく、かずみちゃんの「マシンガントーク」が体中に止まります。
お家の方、そして、めいやおいのお母さん、つまり、弟のお嫁さんと一緒に聞いていました~~。
懐かしいひとときでした。

しかし、時が経ち、道徳の研究授業をするときに、かずみちゃんが講師で来てくれました。
出産1か月絶たないのに、赤ちゃんも連れて、出産前後の感動の話をしてくれました。
いろんなつながりがあります。
そして、昨日の夜、昨年ぶりに電話がありました。
電話でいきなり、
「声は相変わらず元気やな。先生、死なんでよ。」
うむ?いきなりなんだ?
「今日のブログを読んでいたら、ちょっと悲しくなって、先生も死んでしまうのではないかと思った。まだ死なんでよ。」
なんち。昨日のブログの話からでした。
昨日の校長先生の話は、退職して、いろんな活動をしながらも、間もなく、病気でお亡くなりました。
自分に置き換えれば、たしかにそうかも知れない。
しかし、これだけは人の人生。誰もがどうなるかはわかりません。用事はそれですか。
安否確認です。
はいっ。
悲しいと言いながらもあとは、いつものマシンガンです。
さすが、言葉のきれはすごい。
しかし、今は、コロナウィルスの関係で帰省することができません。
「実家のお父さん、お母さんもきっと寂しがっているよ。」
と言いました。

話はちょっと暗くなりますが、よく、インターネットなどで、生きている間に、両親と「あと何回会えるか」という話題が出てきます。
かりに10年、親が生きていたとして、
「年に5日は里帰りしているとしよう。すると、あなたが親に会えるのはあと10年ではない。50回だ。「年」ではなく「回」という単位のなかで、親に何をしてあげられるかと考えなければならない。あと何回、大切な人と会えるか、考えると、大切な人への関わり方も変わってくる。」
なるほど。

二度と来ない今を大切に生きていく生き方をしていきたいですね。
昨日は、意外な話題の電話でした~~~。

かずみちゃん、まだもうちょっと大丈夫かな?