経営コンサルタントへの道

コンサルタントのためのコンサルタントが、半世紀にわたる経験に基づき、経営やコンサルティングに関し毎日複数のブログを発信

【カシャリ!ひとり旅】 佐賀県 吉野ヶ里歴史公園1 発掘現場

2024-10-29 17:03:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 九州

  【カシャリ!ひとり旅】 佐賀県 吉野ヶ里歴史公園1 発掘現場   

  若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが<笑い>、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 下手の横好きで続けていますが、その一環で訪れた名所旧跡・庭園等を順次紹介してまいりたいと思います。

 

 
   佐賀県       
 
 
 吉野ヶ里歴史公園は神埼市(旧神崎町、旧千代田町、旧脊振村)と、吉野ヶ里町(旧三田川町、旧東脊振村)にまたがった公園です。  https://www.yoshinogari.jp/
 
 佐賀県の工業団地造成計画の中で、遺跡が見つかり、その価値が認識された結果、昭和61年に本格的な発掘調査が始められました。
 弥生時代の優れた文化的資産を復元し、発掘物を展示しています。あたかも弥生時代にタイムスリップするがごとく再現されています。
 弥生時代といえども、その中のいつ頃で、それがどのような時代だったのかを推測し、各建物の目的を考えての復元は至難の業ではなかったでしょうか。


 

 カシャリ! ひとり旅 


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【成功企業・元気な会社・頑張っている社長】  「どんな時でも酒は必要とされるもの」、誇りをもってビジネス展開 3527-4a29

2024-10-29 12:03:00 | 【経営】 成功企業・元気な会社

■【成功企業・元気な会社・頑張っている社長】  「どんな時でも酒は必要とされるもの」、誇りをもってビジネス展開 3527-4a29

 経営コンサルタントを半世紀にわたってやってきた経験から、すこしでも皆様のご参考になればとお届けしています。

 成功企業・元気な会社・頑張っている社長】は、皆様から寄せられたり、私が支援したり、見聞したりした企業の事例を紹介していますが、お陰様で、毎回拍手をいただいています。

 また、あなたのクライアント・顧問先やお知り合いの会社で、ここで紹介したい企業・団体等がありましたら、是非ご連絡ください。

■   「どんな時でも酒は必要とされるもの」、誇りをもってビジネス展開 3527-4a29
 「酒は憂いを払う玉箒(たまははき)」という格言がある。中国の詩人、蘇軾の詩から出たもので、酒は心配事や悩み事を払い去ってくれるすばらしいホ ウキのようなものだ、という意味である。酒にはなにかと悪いイメージが付き まとうが、その一方で酒の良さを強調する格言、ことわざも多い。茨城県つく ば市を中心に7つの酒店を展開するL社のS代表取締役は「私たちは世の中に役立つ商品を取り扱っているのだ」との誇り をもってビジネスを展開している。

 1936年創業の酒屋の3代目であるS氏は、長年にわたって規制に守られて きた業界の慣習やしきたりにとらわれない経営を模索。祖父や父と激しく意見が対立した末に、各地の隠れた銘酒や焼酎を発掘して販売する“こだわりの酒店”を目指すことに。家業を継いだ90年代前半はまだインターネットが普及していなかったため、人づてに情報をコツコツと収集し、全国各地の逸品を取り そろえていった。

 店舗は創業時以来1カ所のみだったが、2010年代半ばから は一転して販売網を広げた。2015年に2店舗、19年に1店舗、いずれもつくば市内にオープン。2022年には、つくばエクスプレス沿線の茨城県守谷市内と千葉 県流山市内に相次ぎ開店したのに続き、茨城県から運営を委託された会社が、JR水戸駅構内で開業した。こうした店舗展開は2011年の東日本大震災が転機だった。震災後の自粛ムードによる販売低迷に危機感を抱いたS氏が攻勢に出たのである。2023年に入ってネット販売も開始した。

 震災後にはこんなこともあった。茨城県内でも大きな被害が出て客足はしばらく途絶えたが、やがて酒を買いに来る人の姿がぽつぽつ。 その際、客は口々にこう漏らしていたという。「酒でも飲まないとやってられない」。まさに冒頭の格言のように、震災による精神的苦痛をやわらげようと 酒を買い求めに来た人たちである。

 避難所での飲酒によるトラブルがあったのも事実だが、S氏はこう語る。 「祖父が『泣いても酒、笑っても酒。お酒は人の悲しみを癒し、喜びを増やしてくれる』とよく話していた。どんな時でも酒は必要とされているもの、役立つものだ」。そんな想いが酒を販売するS氏の誇りにつながっている。こうしたプライドを抱き、同社は酒のビジネスをさらに広げていく。

【 コメント 】
 自分の商品や会社に、誇りを持つ人は、成功企業・元気な会社・頑張る社長に多いです。
 「酒屋」というお店・会社をいかに経営していくかという観点で、「全国各地の逸品を取り揃える」「各地の隠れた銘酒や焼酎を発掘する」という“こだわりの酒店”を標榜するところに、誇りと自信がうかがえます。
 「酒」は、溺れて失敗する人を作るなど、マイナス面もあります。しかし、この商品は、「世の中に役立つ商品」というプラス面を、お客様の目線で、全国各地の酒に関する情報・商品を集めるなどしている経営が、お客様に伝わるのでしょう。
 ”こだわり”、すなわち差異化(差別化)戦略を活かしている事例のひとつといえます。

  出典: e-中小企業ネットマガジン掲載承認規定に基づき作成

 

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【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 10月28日 ◇仕事に集中できる部屋の温度は? ◇ウォーキングの方法2 速歩とウォーキング・ミックス

2024-10-29 08:03:00 | 【小説風老いぼれコンサルタントの日記】

 

  【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 10月28日 ◇仕事に集中できる部屋の温度は? ◇ウォーキングの方法2 速歩とウォーキング・ミックス 

  平素は、私どものブログをご愛読くださりありがとうございます。

 この度、下記のように新カテゴリー「【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記」を連載しています。

 日記ですので、原則的には毎日更新、毎日複数本発信すべきなのでしょうが、表題のように「老いぼれ」ですので、気が向いたときに書くことをご容赦ください。

 紀貫之の『土佐日記』の冒頭を模して、「をとこもすなる日記といふものを をきなもしてみんとてするなり」と、日々、日暮パソコンにむかひて、つれづれにおもふところを記るさん。

【 注 】

 日記の発信は、1日遅れ、すなわち内容は前日のことです。

■【小説風 傘寿の日記】

 私自身の前日の出来事を小説日記風に記述しています。

10月28日

 寒暖差が大きく、体調を崩す人も出ているようです。

 エアコンを使った場合に、何度程度の温度設定が良いのでしょうか?

 厚労省の基準どおりで良いのでしょうか?

 【経営コンサルタントの独り言】でひと言(下方にスクロールしてお読みください)

 今朝の早朝ウォーキングで、自分でどの様にやっているのか反復してみました。

◆2章 ウォーキングの方法
 早朝ウォーキングといいましても、ただ漫然と歩いているのではもったいないです。効果的な歩き方で、結果として”一層”健康に結び付けることができると考えます。
 それをマーケティング・ミックスになぞらえて「ウォーキング・ミックス」という言葉を作りました。
 すなわち、いろいろな歩き方を組み合わせると効果が高まるという考え方です。
 ここでは、ウォーキングの種類といいますか、いろいろな歩き方を紹介します。
 それらを適切に組み合わせることにより、ウォーキングの効果を高めていただきたいです。


【 注 】

 ここで紹介する情報は、自分で思考したり、入手したりした情報をもとに、ご紹介します。

 それが皆様にも良い方法であるとは限りませんので、皆様ご自身のご判断で参考にしてくださるようお願いします。

◆2)速歩
 速歩とは、通常歩行より速く歩くことで、時速6~7kmくらいになります。自然と、やや広めの歩幅になります。早朝ウォーキングにおける私の基本的な歩き方です。
 腕を曲げて、後方に引くように意識しながら歩きます。通常歩行の項でも記述しましたが、肩の筋肉が動いていることを実感しながら歩きます。通常歩行を開始するときのように、姿勢を正し、目はV.P.に向けます。
 V.P.とは、「バニシング・ポイント(Vanishing Point)」のことです。とはいえ、1970年代に封切りされたアメリカのカーアクション映画のことではありません。そのタイトルは、広大なアメリカに延々と続く道路の消滅点(V.P.)から命名されたものと推察できます。
 絵画を学んだことがある人は、遠近法と共に、V.P.について学んだでしょう。人間の視線を無限の距離に向けたときに、すべての風景はそこで消滅します。その点をV.P.といいます。vanishとは「消滅する、突然消える」という意味です。
 V.P.に視線を向けて、正しい姿勢を保ちながら歩行します。
 ウォーキング中、ずっとこの速歩を続けていては、楽しさよりもつらさが頭をもたげてきますので、ウォーキング・ミックス(各種の歩行法を織り交ぜて歩行)を適度に行います。

■【今日は何の日】

  当ブログは、既述の通り首題月日の日記で、1日遅れで発信されています。

  この欄には、発信日の【今日は何の日】と【きょうの人】などをご紹介します。  

■【今日のおすすめ】

  【心 de 経営】 徒然なるままに日暮パソコンに向かいて 第112段 明日は遠き国へ

 つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ

 徒然草の冒頭部分ですので、ご記憶の方も多いでしょう。

 その中に、示唆が多いので、経営の視点で読み直してみました。

■【経営コンサルタントの独り言】

 その日の出来事や自分がしたことをもとに、随筆風に記述してゆきます。経営コンサルティング経験からの見解は、上から目線的に見えるかも知れませんが、反面教師として読んでくださると幸いです。

◆ 仕事に集中できる部屋の温度は?
 仕事でも、勉強でも、机に向かってする作業環境は重要です。その一つが、最適な温度設定です。環境省のホームページに省エネの観点から推奨されている『夏季28℃、冬季20℃』という温度設定は、仕事環境に最適なのでしょうか。
 集中力を高める環境づくりは、大学などの研究機関だけではなく、多くの企業が検証を行っています。集中力を維持する上で、環境づくりは大きな鍵を担っているといえます。多くの研究で、おおむね22℃から26℃の範囲にしませんと、集中力が削がれることが明らかになっているそうです。ただし、個人差も大きいそうです。
 湿度と温度とのバランスも重要です。集中度に関して、温度に比べ、湿度の研究はあまり進んでいないようです。最適湿度もまた、人により異なりますが、おおむね40~60%の範囲がよろしいようです。

◆  秘書のために速記を学ぶ a28 <改訂>

 マーケティングに「youアティテュード」という言葉があります。

 一口に言いますと、相手の立場に立って、商品開発をしたり、商談をしたりすることでビジネスをしなさいという教えでです。

 ところが、「言うは易く行うは難し」です。

 欧米では、秘書がディクテーションといって、ボスの口述筆記を行うのが主要業務のひとつでした。

 昨今では、音声文字変換アプリ技術が高くなってきたので、秘書が速記を覚える必要性は大変低くなりました。

 欧米では、二種の速記があります。

 私がアメリカにいたときに、その速記の一つである、グレッグ式英文速記の基礎の基礎を学びました。

 1970年から5年間ニューヨークの日本商社で仕事をしていました。

 アメリカ人秘書に口述筆記をしてもらい、タイピングをしてもらう仕事で、先方も日本人の英語になれないことからこの作業が余りうまくいきませんでした。

 そこで、どのようなときに秘書が引っかかるのかを知るために英文速記を私自身が学び始めたのです。

 すると英文速記のなかでも頻度の低い単語などの場合には、秘書がそれを記述するのに時間がかかることを発見しました。

 そこで口述するときに、時間がかかりそうな表現の時には、時間を取って上げるようにしたところ、ミスも減り、時間も短縮できました。相手に併せて作業をしてやることの必要性を実感しました。

 彼女は、「日本人の思いやり」ということを感じ取ったらしく、秘書とのコンビもうまくいくようになりました。

 今日では音声認識技術が進んで、速記を使う人は限られているのではないでしょうか。

■【老いぼれコンサルタントのブログ】

 ブログで、このようなことをつぶやきました。タイトルだけのご案内です。詳細はリンク先にありますので、ご笑覧くださると嬉しいです。

  >> もっと見る

■【小説風 傘寿】老いぼれコンサルタントの日記 バックナンバー
  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a8e7a72e1eada198f474d86d7aaf43db
 


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◆【お節介焼き情報】 原理原則重視の白洲次郎に学ぶ

2024-10-29 00:03:00 | 【話材】 お節介焼き情報

◆【お節介焼き情報】 原理原則重視の白洲次郎に学ぶ


 
 日本経営士協会は、ご存知の方も多いと思いますが、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。
 
 会員は、それぞれ異なった専門分野を持っていますので、経営士同士が競合するというよりは、専門外の分野で補完し合っています。これを「共業・共用・共育」といっています。
 
 その異なった分野を持つ会員が、つれづれに思ったことや、入手した知識や情報のお裾分け精神から、皆様に、【経営コンサルタントのひとり言】としてお届けします。
 
 
 
 

■【経営コンサルタントのひとり言】 原理原則重視の白洲次郎に学ぶ

 

 白洲次郎(しらす じろう、1902年2月17日 - 1985年11月28日)は、兵庫県芦屋市の裕福な家庭に生まれた「日本を代表する実業家のひとり」といって良いでしょう。

 旧制中学校卒業という学歴ですが、イギリスに9年も在住し、当然のことながら英語が流ちょうでした。そのため、第二次大戦後の連合国軍占領下における日本復興に一役買った人です。

 吉田茂が外務大臣をしていたときに側近として活躍し、吉田に代わって占領軍に対峙し、憲法制定においても、いうべきことを言うということから、占領軍から煙たがれもしましたし、一目もおかれました。

 吉田内閣では、貿易庁長官を仰せつかりますが、腐敗蔓延の中、商工省の外局としてではなく、通商産業省を新設して、旧弊を排除できる組織の基礎を作りました。本人は、お役所の中で辣腕を振るうのではなく東京鶴川で農業をするという面白い生き方をしたといいますので、名誉欲の強い人ではなかったようです。

 その後、東北電力の会長を始め、多くの企業で役員を歴任しました。歯に衣着せない生き方は、敵も多かったようです。自動車好きということもあってか、「永遠の不良」ともいわれています。


 田中角栄が総理大臣の時に、海外からの来客のおもてなしに、白洲が経営に携わるゴルフ場に予約を取ろうとしましたが、「夏の週末はビジターを受け付けない」という規則があるので、「役員会に諮ります」と遠回しに「No」と言ったそうです。

 たとえ相手が一国の総理大臣であろうが、「規則は規則」と「原理原則を重視する」という「プリンシプルを貫く」人であるという、白洲の生き方を知ったのが、私が経営コンサルタントとして独立してからのことです。

 私が、「原則重視」「モノサシ主義」「原点主義」と言うようになったのは、まだ二十代の頃でしたが、白洲の、この生き方を知って、そのやり方に自信を持ちました。経営コンサルタントとして、顧問先においても、また日本で最初にできた経営コンサルタント団体の役員、理事長、会長と歴任してきた中でも、これを核に仕事をしてきました。

 このやり方は、行き過ぎますと官僚的になってしまいます。行き過ぎないようにするのが管理職の役割です。「管理職とは、ルールを破る人」ということを私は、しばしば口にするようになりました。

 このことは、「管理職は、偉いので、なにをやっても良い」というのではありません。管理職こそ原理原則を重視しなければならない立場で、ルールに則って仕事をしなければなりません。ルールに反する部下がいればアドバイスをしたり、指導をしたりして、指揮を執って行かねばならないのです。

 それでは、「ルールを破る人」と先に言ったことと矛盾をすると思われるかもしれません。管理職は、平素、原理原則に基づいて仕事をしたり、部下に動いてもらったりしますが、時に、戦略的な視点で、ルール通りではうまく行かないと判断できることがあります。その時には、管理職は、自分の権限内で、ルールを破って、その戦略的な判断を現場に活かすのです。

 自分の権限内では、その達成が困難と判断した場合には、上司の許可を取ってでも、信念を持って進めて行かなければなりません。

 白洲は「政治というのは、国民が求めていることを進めるという迎合的なやりかたをとるのではなく、たとえ今は民意に反することであっても、先見性を持って判断したことは、多少強引に見えても実施して行くことが求められる」ということを主張したそうです。

 私の「管理」の定義の中に、「先見性」という言葉を含めていますが、それは白洲の素晴らしさを知る前から用いていて、必ずしも白洲の、この言葉を知っていてのことではありません。白洲の、この考え方を知って、自信を持てるようになりましたし、白州の生き方に共感するようにもなりました。

 先見性を持てれば、たとえ周囲からの批判があっても、自信を持って、大胆に進められます。一方、白洲は、大変細心な部分を持っていて、その大胆さとは真逆な面もあったようです。

 仕事のできる人は、「両極端な面を持つ」ということを白洲から学びました。

  (ドアノブ)

 

 


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■【今日は何の日】 10月29日 宇和津彦 神社秋祭の日

2024-10-29 00:03:00 | 【今日は何の日10月】

 

  【今日は何の日】 10月29日 宇和津彦 神社秋祭の日

 一年365日、毎日が何かの日です。  季節を表す日もあります。地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。誰かの誕生日かも知れません。歴史上の出来事もあります。セミナーや展示会もあります。  これらをキーワードとして、私たちは自分の人生に、自分の仕事に、自分自身を磨くために何かを考えてみるのも良いのではないでしょうか。  独断と偏見で、エッセー風に徒然のままに書いてみました。皆様のご参考にと毎日続けていこうと・・・というよりも、自分自身のために書いてゆきます。 詳細 ←クリック

今日は何の日インデックス】  日付を指定して【今日は何の日】を閲覧できます

■ 宇和津彦(うわつひこ)神社秋祭の日

 八人の少年が踊る八つ鹿踊りは有名です。一人が雌鹿役を演じて雄鹿を探す仕草をするユーモアのある伝統行事と聞いています。宇和島の総鎮守である牛鬼は、写真で見ると赤い布とシュロ毛で全身を覆い、秋田のなまはげを連想させます。

  【宇和島市観光ガイド】

 宇和島地方に古くから伝えられている八ツ鹿(やつしか)踊りは、既に350年余の伝統を持つ民俗芸能です。

 仙台藩領にあり、太鼓を前に抱えて打ちながら踊るしし踊りは、宮城県各地に普及しており、その中で雄鹿たちが雌鹿をたずね探して遂に発見して喜ぶ「めじしかくし」という踊りが、宇和島に定着し現在に至ったようです。

 

図 14_502

  図 宇和島市観光ガイド ←クリック

【きょうの人】

■ 円珍 えんちん

 弘仁5年3月15日(814年4月8日- 寛平3年10月29日(891年12月4日)

 平安時代の天台宗の僧で、天台寺門宗(寺門派)の宗祖でもあります。 (写真:Wikipedia)

 法号は「南無大師智慧金剛(なむだいしちえこんごう)」で、諡号は智証大師(智證大師、ちしょうだいし)と称し、入唐八家(最澄・空海・常暁・円行・円仁・恵運・円珍・宗叡)の一人ですので、最澄・空海らと肩を並ぶお人なのです。

 讃岐国(香川県)金倉郷に誕生しました。その地の豪族・佐伯一門のひとりで、俗姓は「」和気」といいます。空海(弘法大師)の甥(もしくは姪の息子)にあたるといわれています。

 15歳で比叡山に登り、義真に師事、12年間の籠山行を終えました。

 役行者を慕い、大峯山・葛城山・熊野三山を巡礼しました。吉野での修験道の発展に寄与することになり、承和13年(846年)には、延暦寺の学頭となりました。

 仁寿3年(853年)に、新羅商人の船で唐に向かう途中で暴風に遭って台湾に漂着したいりしました。

 天安2年(858年)帰国後、比叡山の山王院に住したの地、第5代座主となり、園城寺(三井寺)を賜りました。三井寺には、円珍が感得したとされる「黄不動」「新羅明神像」等の美術品の他、円珍の手による文書が他数残されており、日本美術史上におきましても注目されることです。

■ 【今日は何の日】その他

◇ 福岡香椎宮例祭

◇ 智証大師忌

(ドアノブ)

趣味・旅行のブログ

 

 since 1951 特定非営利活動法人・日本経営士協会

【ブログ 経営コンサルタントの育成と資格付与】

 日本経営士協会は、特定非営利活動法人として内閣府による認証を受けた経営コンサルタント団体です。1951年に誕生し、経営コンサルタント育成と経営士・士補資格付与活動を1953年から積極的に行ってきている、日本で最初に設立され、約65年もの永きにわたりまして社会貢献をしてきています。  このブログは、主に次のような方々を対象に、時宜に即した情報を毎日、原則として複数本のブログをお届けしています。経営というのは、根底に流れいるものは、下記のいずれにも共通し、視点を変えるだけでそれを応用することができるという信念を基に、あえて三兎を追っています。

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