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【心 de 経営】 徒然なるままに日暮パソコンに向かいて 第150段 能をつかんとする人 達人と接しながら感じ取る

2024-10-24 12:03:00 | 【心 de 経営】 徒然なるままに
■【心 de 経営】 徒然なるままに日暮パソコンに向かいて 第150段 能をつかんとする人 達人と接しながら感じ取る 
  「徒然草(つれづれぐさ)」は、吉田兼好による随筆集の冒頭の文章です。作者は、兼好であるという明確な証拠はないようです。おそらく大半の方が、何らかの形で、この文章に接しているのではないでしょうか。
 徒然草といいますのは、清少納言の『枕草子』、鴨長明の『方丈記』とならび日本三大随筆の一つといわれています。
  高校生時代に戻った気分で、また、社会人として人生を歩み、自分の高校時代には理解できなかったり、誤解していたりすることを発見しながら、独断と偏見に満ちた、我流の解釈を僭越ながらお付けしました。
 徒然なるままに、日暮パソコンに向かいて、よしなしごとを、そこはかとなく書き付けてまいります。
 お届けも、徒然なるままにアップロードしますので、読者の皆様も、日暮パソコンに向かいて、末永く、徒然にご覧下さるよう、お願いします。
◆第150段 能をつかんとする人 達人と接しながら感じ取る
 芸能というのは、才能より努力が肝要というのが、兼好の考え方で、実践を通して実力を身に付けることの大切さを説いています。
【原文】 能をつかんとする人
 能をつかんとする人、「よくせざらんほどは、なまじひに人に知られじ。うちうちよく習ひ得てさし出でたらんこそ、いと心にくからめ」と常に言ふめれど、かく言ふ人、一芸も習ひ得ることなし。
 いまだ堅固(けんご)かたほなるより、上手の中にまじりて、毀(そし)り笑はるるにも恥ぢず、つれなく過ぎて嗜む人、天性その骨(こつ)なけれども、道になづまず、みだりにせずして年を送れば、堪能(かんのう)の嗜(たし)まざるよりは、終(つい)に上手の位にいたり、徳たけ、人に許されて、双(ならび)なき名を得る事なり。

 天下のものの上手といへども、始めは不堪(ふかん)の聞えもあり、無下の瑕瑾(かきん)もありき。
 されども、その人、道の掟正しく、これを重くして放埓(ほうらつ)せざれば、世の博士にて、万人(ばんにん)の師となる事、諸道かはるべからず。
【用語】
 能: 芸能
 つく: 身につける
 なまじひに: なまじっか
 さし出でる: 人前に出る 「さし」は接頭語
 堅固(けんご): まったく、いっこうに
 かたほ: 不完全
 つれなく: 他を顧みない
 過ぎる: 押し通す
 嗜む: 熱心に行う、稽古する、励む
 骨: 器量、天分
 なづむ: 停滞する
 みだり: いい加減
 堪能(かんのう): 芸道に熟達すること(人)、素質
 嗜(たし)む: 稽古などに打ち込む
 上手の位: 名人の域・境地
 徳: 何かを身に付け他の人を敬服させるような力
 たける: 高く上がる、円熟する
 天下の: 天下第一の
 不堪(ふかん): 下手
 無下(むげ)の: 最低な、ひどい、無碍の
 瑕瑾(かきん): 美しい玉(ぎょく)の傷、欠点、不名誉
 掟: 規則、規律、きまりごと
 放埓(ほうらつ): わがまま勝手な行状・行い
 世の: 天下の
 博士: 大家、権威者、指導者
【要旨】
 芸能を身につけようとする人は、「上手にできないうちは、なまじっか他の人に知られて、恥ずかしい状態を見られないようにします。内々でよく練習して上手になって、人に見られてもあまり恥ずかしくない状態になってから人前に出るというふるまいは、大変奥ゆかしいことだろう」と、ほとんどの人が言うようですが、このようなことを言う人は、一つの芸すら身に付くことは難しいです。
 それに対して、未熟なうちから、その道の達人の中に交じって、やってゆきますと、けなされたり、笑われたりするでしょうが、それに負けず恥ずかしがらないで、意に介さないという顔を押し通して稽古する人が、生まれつきの才能が無くても、そのやりかたを続けて、いい加減にしないで、年を重ねてゆけば、才能があっても稽古をしない人よりは、最終的には上手な人のレベルまで達し、徳(他の人に認められるような力)も付き、世間の人に認められて、他に劣らぬような名声を獲得できるのです。

 天下の名だたる達人といいましても、最初は未熟であったという話もあり、ひどい欠点ももっていました。
 しかし、その人が、その専門におけます道の決まりごとを正しく守り、また、これを大切にして、勝手なことをしませんでしたので、いつしか世間のだれもが認めてくれる権威者として、万人の師となる事例があり、このようなことは、どのような道におきましても変わるはずはありません。
【 コメント 】
 「大企業も始めは、中小企業であった」という名言といっても良いことをビジネスの世界では耳にします。これと同じように、芸道にしろ、全てのことにおきましても、著名な人も始めから達人であったわけではありません。
 「芸能人の下積み時代」ということもよく耳にしますが、誰におきましても始めは素人なのです。世の中で知られるようになるには、一部の天才のような人や運に恵まれた人を除きますと、皆さんが血の出るような努力をしてきているのです。

 兼好は、ひとつの道を究めようと思えば、未熟なうちは、自分が何かをめざしているということを公言しないのではなく、有言実行をし、努力を尽くさなければ成功はほど遠いといっています。
 へたなうちでも、上手な人と接するうちに、次第と身についてくるといえます。ただ、その時に、漫然と見ているのではなく、「自分にプラスとなるようにするためには」という強い意識が必要でしょう。
 日本で最初に設立されました経営コンサルタント団体であります日本経営士協会には、「知修塾」というコンサルタントとしての修行の場があります。その目的は、その名称からも想像がつきますが、「知識を修める塾」ということで、コンサルタントして不可欠な知識を身に付けようという機会なのです。
 しかし、単に知識を身に付けるだけであれば、知修塾に参加しなくても、自分で勉強をすれば良いのです。
 この知修塾では、自分が学んだことを、パワーポイントや論文として表現をし、それを発表します。受講者もまた、自分と同じような初心者が多いのですが、ベテランもいます。発表が終わりますと、受講者から、いろいろな視点からのコメントや質問が出てきます。切磋琢磨する場なのですs。
 それだけではなく、ベテランから厳しい指摘を受けて、次のステップアップのヒントをえることができます。
 表現力を磨く場であるとともに、講師としての経験の場でもあるのです。このようにして、知識の習得だけではなく、コンサルタントとしてのスキルも身に付けてゆくのです。
 徒然草のこの段で、「上手の中にまじりて、毀(そし)り笑はるるにも恥ぢず・・・」といっていますが、人から厳しいことをいわれることは気分の良いモノではありません。上述の知修塾では、「仲間内での厳しい指摘は愛の鞭」といっています。兼好が言っていることに通じることだと思います。
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