湯田温泉に宿泊したその朝、まずは近くの瑠璃光寺を見学。
前面に静かな池を配した五重塔はなかなか風情ある趣でした。
そのあと、山口の観光というと、あちこちがアベ・イシン・イデオロギーに
汚染されておりますのが、何ともいやらしくありますので、
できるだけその場所々々を避けつつ山陰の海岸のほうに向かいましたよ。
とはいえ、温泉に罪はございませんので、海岸へ至る前に長門湯本温泉へ。
ところが、行ってみると目的だった市営公衆温泉館の「恩湯」は影形もなく
壊されておりました。
隣家のおばちゃんに聞いてみると、建て直しにかかっているとのこと。
残念でありましたが、もうひとつの公衆温泉館「礼湯」を教えていただき
温泉には無事に入ることが出来ましてございます。
そうして、近頃人気らしい、海岸に赤い鳥居が連なる元乃隅稲成神社へ。↓
なかなか絶景の景観です。辺鄙な狭い海岸への道を観光バスが押し寄せています。
にわかに道路やら駐車場を整備した様子が窺えますな。
こちらは、吹き寄せる波を吹き上げるという「竜宮の潮吹き」。↓
一応、123もあるという鳥居を潜り抜けてみました。
そうしてもうひとつの絶景が海岸をさらに西に進んだ角島大橋であります。
(もうここは下関市になるようですが。)
1,7キロもあるという大橋です。これもまたなかなかの景観。
角島へ渡って、道の駅みたいな「しおかぜの里」で昼食。
その前の海岸。日本海が広がっています。↓
そうして帰途もう一度大橋を眺めてみました。写真映えする景観ですね。
海岸線をぐるっと回って、下関の唐戸市場にでも寄ってみようかと思ったのですが、
パンフレットを見ると、営業は午後3時までとなっておりましたから、
これは諦めまして、このままのんびりと帰宅することに致しました。
(年寄りですから、無理せずの安全運転ですね。無事帰宅しましたですよ。)
「米子の小学校の修学旅行で京都と奈良でそれぞれ一泊した時もお米を持って行ったよ。当時、米は配給だつたので、米持参だったよ。」
1960年初め頃でしたら食糧事情もずいぶんマシになっていたはず。地域によって旅館にはお米持参、というのが慣習として残っていたということじゃないでしょうかね。お役所も融通きかないものだし、意味なくなっても形は残る。学校もお役所のようなもの。今までの指導を変えるのいやがるし、今まで通りが無難という指導。私の記憶がすっぽり抜けているのでなければですけど。