ガラス製鏡製作技術が確立し、質の良い姿見サイズの鏡の大量生産が可能になり、それがフランス宮廷社会に急速に普及し始めるのは、17世紀末である。それをもっとも洗練された仕方で象徴するのが、ヴェルサイユ宮殿にある無数の鏡に囲まれた小回廊やその壁が鏡で覆われた数々の部屋である。そこでは自分の姿は見られずに他者を見ていると思い込んでいる人の姿が別の他者によって見られ、他者に向かって「君があそこに映っているよ」と言っている当人が、別の鏡に映っており、誰かに見られている。そこにおいては、誰も自分の姿を隠すことはできず、鏡の光の明るさに全面的に支配され、各自その〈外見〉がすべてであり、姿を隠す闇と目に見えない他性はそこから徹底的に排除される。遍在する鏡は、人生を〈見世物〉に変容させたのである。この鏡の圧倒的な支配は、しかし、単に物質文明の進歩の指標なのではなく、文化史的・思想史的に極めて重要な意味を持っていた。
鏡は、そこで、「社会に順応し調和するための道具だった。人が鏡で自分の姿を眺めるのではなく、鏡のほうが人を眺めるのであり、鏡こそがその掟を人に課し、鏡こそが礼儀正しさや社交界の法にかなっているかどうかを測るための規範となる道具だった。自己意識は、自分の像についての意識、すなわち自分の表象、目に見える自分の姿の意識と、まず初めに一致する――わたしは見えているから存在しているのである。自己同一性は、仮象と役柄を、そして同意を経るのであり、そしてこの同一性が主体の在り方を決定づけるのである。」(『鏡の文化史』、148頁)
鏡が人間に課すこのような規範に基づいて、模範的な宮廷人が定義される。それは、常に見られることを求め、その見られた姿こそが自分であることを受け入れ、何一つその背後あるいは内面に隠されたものはないように振る舞い、どこまでも他者に対していわばガラス張りであろうとする人間である。そのように振る舞うことこそが、そのような社会での〈誠実さ〉なのである。鏡は、各人が外からの眼差しに照らして相応しい身だしなみ・振る舞い・表情をしているかどうかを教える教官として、それを絶えず検閲する審査官として、宮廷のいたるところで人々を待ちかまえている。そこで求められているのは、他者に自分を認めさせる自己主張でも、外見に還元しがたい微妙な内的感情でもなく、誰の目にも明らかな普遍的な礼儀正しさであり、この理想に到達するためには、模倣と類似がその最も重要な手段となる。
シャンデリアのまばゆいばかりの輝きと鏡の反射のせいで、「影もほとんど身を隠せない」ヴェルサイユ宮殿の鏡の間は、全員の目にさらされ、かつあらゆるものを見ているというパラドックスを持った社会を象徴している。明晰さと社交性という理想の名のもとに、この社会は、あらゆる自己へのまなざしを捕らえ、包囲し、自らに従わせる。