内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

『マルゼルブ フランス一八世紀の一貴族の肖像』

2014-12-19 23:53:35 | 読游摘録

 12月10日のトクヴィルについての記事の中で言及したマルゼルブについては、日本語での本格的研究は今でもそれほど盛んとは言えないようであるが、木崎喜代治『マルゼルブ フランス一八世紀一貴族の肖像』(岩波書店、一九八六年)は、膨大な当時の資料からマルゼルブをその時代の中に位置づけなおそうとするとても貴重な研究で、それは、「名のみわずかに知られているこの人物に、それにふさわしい内実を与えようとする試みであると同時に、この人物の素描を通して、一八世紀フランスの政治と思想の世界を、これまでよりも多様で豊穣な相において把握しようとする試みでもある」(同書ix頁)。
 著者のこの控え目な目的設定にもかかわらず、そのような目的のために歴史的検証を積み重ねていくその篤実な学問的作業から浮かび上がってくるのは、啓蒙の世紀の精神を体現した傑出した一貴族の肖像だけではなく、フランス一八世紀の政治と思想の世界の一つの新しい描出に尽きるものでもなく、時代を表現する一つの生きられた思想であり、その思想は、それを生きた思想家が政治に関わる場面において時の権力によって断罪されようとも、そのような政治的事実の次元を超えて、普遍性を有しているということである。思想の「貴族性」とはそのようなものではないかと思う。