国語屋稼業の戯言

国語の記事、多数あり。国語屋を営むこと三〇余年。趣味記事(手品)多し。

私立大学型現代文

2022-06-28 12:17:00 | 国語

●ちょっと昔の私立大学の入試問題。ハードディスクの中から発掘した。

 一部、文章の改変、および中略があるが、それらは国語屋稼業によるものである。

 文章の内容自体も良いので、設問を解かなくても、読むだけで面白いと思う。

 現代文というのは面白い科目でその本の一番中核の部分が出ることが多いのである。

 もちろん、生徒さんたちには解いてほしいし、大人の方でもパズルのように解いても面白いだろう。

 なお、以下は教育目的である。

つぎの文章を読んで、後の問いに答えよ。

・・・・・・・・引用開始・・・・・・・

 A意見が一致しないことに同意するという言い方がある。リベラル・デモクラシーの基本、「敵と共存する」という矛盾に満ちた難しい精神的態度を要約した表現とも考えられる。オルテガはかつて『大衆の反逆』(一九三〇)の中で、政治における最も高度な「共存への意志」を示すリベラル・デモクラシーは、隣人、あるいは少数者を尊重するという決意を、極端にまで発揮した(1)カンヨウの政治思想であると述べた。かくも美しく、かくも矛盾に満ち、かくも優雅で、かくも曲芸的で、かくも自然に反する考えに人類が到達したということ自体、実は信じがたいことだと強調したのである。

 リベラル・デモクラシーは、このように元来不自然で難しい精神的構えを前提としているからこそ、容易に廃棄されることがあった。(中略)どこまでも同質的な大衆が、社会的権力の上にのしかかり、反対派をことごとく圧迫し、抹殺しはじめていたのである。この点を注視し、オルテガは「大衆は、大衆でないものとの共存を望まない」と(2)カンパした。共存を望まないということは、ひとつの価値観しか認めないということである。

 われわれ日本人の最近の言論感覚を反省するとき、このオルテガの言葉がどうしても思い起こされる。歴史認識の違いをめぐる論争はあって当然であるが、意見を異にする人間の言論を封じようという動きがいくつか見え隠れしているからである。こうした全体の「空気」が(3)カモし出す個人へのプレッシャーは、言論だけではなく、ボランティア活動においてさえも時として現れると聞く。つまり、この「善行」に加わらないと人間として失格だというような「空気」が立ち込め、善行の自発性が失われることがあるというのである。この「空気」は人間を、いつも善いことを言い、いつも善いことを行う(ア)機械のような存在にしてしまう。しかし善い悪いの判断が生じうるのは、各人が自由意志で自分の表現や行動を選び取っているからであって、内発性のない善行は物理法則に従って落下する(イ)小石と変わりがなくなる。

 ところが、人間社会の中には、善の衣をまとまった悪が生まれることが多い。本当の善はまったく(4)ヒソやかで、他人からの称讃とは無縁なはずである。善が悪に転化するひとつの姿は、この善を自慢するという悪であろう。Bどんなに善行と信じられている行為でも、強制や自慢が混じると、もはや善行ではありえないのである

 ここでとりあげた事例から、ただちに「言論の自由」についての大論争を展開させるのは不適当かもしれない。しかし「自由の獲得」は劇的な政治変化を伴うのに対し、C「自由の喪失」は音もなく徐々に、ほとんど人の気づかぬうちに進行することが多い。そして、突然「紅衛兵」のような実力行使の先兵隊が現れ、「なんということもない視線、同情、ため息すら重罪になる」というような恐ろしい事態を招くのである。戦前日本の思想弾圧を知る世代の人間は、自発的で自由な思考がいかに大切かを学んだはずである。しかしそうした思想の受難時代を経験していない(ウ)無菌培養の世代は、意外に「共存への意志」が(5)キハクで、画一主義の毒に染まりやすいのかもしれない。

(猪木武徳『自由と秩序』より。一部削除)

・・・・・・・・引用終了・・・・・・・

問1 文中の(1)から(5)の語のカタカナの部分を漢字に直せ。

問2 文中の傍線部(ア)~(ウ)は比喩として用いられているが、ここではどのような内容を意味しているか。それぞれの語群a~eの中から当てはまらないものを一つだけ選び、答えよ。

(ア)機械

a 規則どおりに行動すること

b 繰り返しの行動をとること

c 受身の行動をとること

d 一定の命令に一定の行動で答えること

e 単調な仕事を嫌がらずにこなすこと

(イ)小石 

a 多数の質的に同一な存在

b 自分の意志を持たない存在

c 個性がない存在

d 無力な存在

e 空気の抵抗を受ける存在

(ウ)無菌培養   

a 大衆の反逆を受けたことがない

b 思想弾圧を経験したことがない

c 善行も悪事も行ったことがない

d 少数者として存在した経験がない

e 自分で考えることを禁止されたことがない

問三 文中の傍線部Aの「意見が一致しないことに同意する」とはどのような意味か。最も近いと思われるものをつぎのa~eの中から一つ選べ。

a 敵と共存することは人間にとって不自然なことなので、集団で圧力をかけないと実現が難しい。

b 大衆は同質的であるために、価値観を一つにしやすい。

c 人間が自由意志で自分の表現や行動を選択すると、秩序は維持しにくく社会が混乱する。

d 多数の人間の間で意見の一致をみることは困難であるが、全体の「空気」で調整は可能となる。

e 意見が一致しない人がいてもその存在を認めて、集団の中に多様性を認める。

問四 文中の傍線部Bの「どんなに善行と信じられている行為でも、強制や自慢が混じると、もはや善行ではありえないのである」とは、どのような意味か。最も近いと思われるものをつぎのa~eの中から一つ選べ。

a 善い行いは、社会的な貢献となるもので、他人の称讃の有無とは関わりなく評価されるべきだ。

b 善行の自発性と言論の自由との間には、行為と言論との相違が存在しているので、無理に両者の関係を問うことは危険だ。

c 善い悪いの判断が必要とされるからこそ善行となるので、集団のプレッシャーを受けての行動は善行とは言えない。

d 会社が自社の社会貢献を宣伝することは、悪ではなく善行となる。

e ある行為に対して、善行か否かという評価を与えてはならない。

問五 文中の傍線部Cの「『自由の喪失』は音もなく徐々に、ほとんど人の気づかぬうちに進行することが多い」とは、どのような意味か。最も近いと思われるものをつぎのa~eの中から一つ選べ。

a 言論の自由が失われるという事態は、最初に誰が政治権力を握るかに左右される。

b 突然現れる実力行使の先兵隊は、全体に一つの「空気」を生み出して恐ろしい事態を招く。

c 自由の獲得と自由の喪失は相反する事態なので、前者が達成されれば後者は起こり得ない。

d 自発的な自由な思考を続けないと、いつの間にか自由が失われることがある。

e 自由の喪失は静かに進行するので、いったん自由が失われると、元に戻せない。

問六 つぎのa~eのうち本文の内容と一致するものを二つ選べ。

a リベラル・デモクラシーは矛盾に満ちた不自然な思想である。

b 大衆はリベラル・デモクラシーの実現をつねに希望する。

c リベラル・デモクラシーは容易に廃棄されやすいが、幸いなことに歴史上その例はまだない。

d ボランティア活動とは自発的な活動という意味であり、個人へのプレッシャーを与えることはない。

e リベラル・デモクラシーを社会で実現することは高度に困難なことであるが、可能でもある。

【解答・解説】

問一 (1)寛容  (2)看破  (3)醸  (4)密  (5)希薄(稀薄)

問二

(ア)d 

直後の「しかし」に注目。「各人が自由意志で~選びとっている」の反対の内容を選ぶ。次に前の内容を把握する。主語は「『空気』は機械のような存在にしてしまう」とある。「空気」は、「こうした全体の『空気』」に注目。「意見を異にする人間の言論を封じようとする動き」をさしている。aは規則と空気が等しくない。明文化されていないのが、空気。bは比喩として正しいが、設問にある「ここでは」という条件にあっていない。cも空気の説明がない。dは一定の命令が「個人へのプレッシャー」「『善行』に加わらないと人間として失格だ」などに近い。eは文脈と無関係。接続語、指示語、設問の条件などを学べるという意味で良問。段落で短文章設問にできる。

(イ)b

一文でケリが付く問題。「内発性のない善行」が主語。「落下する」が修飾語。易問。

(ウ)e

「しかし」を根拠にした場合、「戦前思想弾圧を知る世代」の反対が「無菌培養の世代」とわかる。その「思想」の中身は「自発的で自由な思考」になる。指示語を根拠にするなら「そうした思想の受難時代」を、打消語を根拠にするなら直前の「ない」に注目。bは代入した場合、同じことになってしまうので、落とす。

問三 e

まず、筆者はこの意見に賛成の方向であることを全体から判断する。内容としてはリベラル・デモクラシーの少数者を尊重するということである。aは「集団で圧力」について否定的なので不適。bは第二段落の共存を望まないということになってしまうので不適。cは「優雅」「美しく」などのプラス評価がないので、不適。dは「空気」は個人へのプレッシャーであり、傍線部自体に矛盾。eは多様性自体についての直接書いていないが、最終の文の画一主義の反対と考えればよい。

問四 b

「強制と自慢」を否定的にとらえること。aは「他人の称讃」は自慢と逆。bは直後の段落の冒頭「ここで」が重要。「言論の自由」は「強制」の反対である。「混じると、もはや善行ではない」を言い換えたのが「両者の関係を問うことは危険だ」ととらえる。悪問だが、「最も近い」であり、そのものではない。正解とみなす。cは前半部「善い悪いの判断」が文脈にない。dは逆の内容だし、会社だと狭い。eは「与えてはならない」が「強制や自慢が混じると」に不適。

問五 d

「自由の喪失」は「共存への意志」を持たない画一主義の社会で起きることが同一段落で判断できる。ちなみに「画一主義の毒」という表現から画一主義は筆者にとってマイナスである。次に「ほとんど人の気づかぬうちに」に対応した内容を持った選択肢を選ばねばならない。自発的で自由な思考は作者の肯定的な概念であり、それをしないと気づくことはできまい。「いつのまにか」も合致する。よって、答えはd。aは「最初に」は無関係。bは「突然現れる」に「いつのまにか」という方向性がない。cは同一段落の無菌培養の世代の話題にズレ。eは「いったん」の話題はない。

問六 ae 

aは第一段落の内容に合致。プラス面が欠けているが合致はしている。bは「大衆は、大衆でないものとの共存を望まない」などの培養とズレ。cは第二段落に「容易に廃棄されることがあり」という部分と合致しない。dは第三段落の内容に合致しない。個人へのプレシャーを与えることがある。eは、たとえば戦前思想弾圧を知る世代は実現ができているようである。解答はaeとなる。


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