「林檎の礼拝堂」を訪れることは、この旅を企画した理由のひとつだった。
*
《手造の旅》あなたの知らないロンドン、パリ+シャルトル四日目、午後。
朝、ノルマンディー上陸作戦の海岸とアメリカ兵の墓地を訪れ、その後すぐちかくのバイユーにて記念館訪問。
バイユーに来たらどうしても見ておかなければいけないのは、現存でも全長六十メートルを超える11世紀の「バイユーのタピスリー」。1066年ヘイスティングの戦いで勝利したウィリアム王の異母兄弟司教がオーダーしたものと言われている。大聖堂の柱に渡して展示したと推定されている。伝説ではウィリアム王の妃がつくったというが、これだけのものは素人のものではありません。
タピスリーと呼ばれていても、いわばシーツの上に毛糸で絵を描いたというようなものです。
ここにあります↓
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が、写真撮影禁止なので、こちらのサイトでもごらんください。
もともとこのタピスリーを展示していたと言われるのがこの大聖堂↓
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ロマネスク的な彫刻が美しい
今見えている部分はしかし、11世紀にはなかった。
11世紀の部分で残されているのは、主祭壇の地下にあるクリプト。
ここの雰囲気は中世そのものだった↓
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**
バイユーから南へバスを走らせ、ウィリアム征服王誕生の地ファレーズ近郊へ。今日はとなりの小さな村にある小さな15世紀からの礼拝堂を訪れる。
以前から気になっている場所だったが、今回の旅へ参加希望された方が、「林檎の礼拝堂」は近いのでは?と言われて、行程を一日増やして訪れることにした場所である。
こんな細い道を通って
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すぐに礼拝堂があらわれた
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荒廃していた礼拝堂を現在みるように美しくしたのは日本人美術家の田窪恭治さん。
ご本人が書かれたその名も「林檎の礼拝堂」という本は、美術制作とはなにかを考えさせてくれる本だった。
一枚の絵を描くのとはちがい、建物を相手にするにはお金がかかる。
人が仕事として働き、材料を買い、それなりの年月がかかる。
それを美術家個人が出せるとは限らない。
ましてや、完成したものは売りに出せないし、日本に持ってくることもできない。
それでもこの事業にお金を出す人々の心意気とでもいうものが、この礼拝堂に結実している。
破れていた屋根は美しい色ガラスで補修された
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提供したのは日本の企業
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美しいリンゴの木の絵
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内部の絵を描いたのは田窪さんだが、昔の構造は出来るだけ残そうとしている。
この天井の梁はむかしのまま
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本の中で印象的だったエピソードのひとつが、床の鋼鉄材について。
入口にそのサンプルが置かれていた↓
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この材料も日本の企業により提供されたのだが、これに対する輸入関税が数十万もかかる事がわかり、フランス政府に免除してくれるように働きかけたのだそうだ。
詳しくは本をお読みください。
***
今日の宿泊地はシャルトル。
休日なので道は空いていて三時間ほどで麦畑の向こうに大聖堂が見えてきた↓
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この大聖堂の風景は、昔の巡礼が見ていたのと変わらないのか、そう思うと感慨深い
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まだまだ明るい時間にホテルへ到着
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旧市街大聖堂へ近いホテルにした。
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大聖堂で戴冠した唯一のフランス王アンリ四世。
暗くなる前に街歩きにお連れして、大聖堂からホテルへは自分で帰れるようにしてもらわなくては。
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第二次大戦時代のレジスタンスの闘志ムーラン市長の記念碑。
彼はドイツ軍によって殺された。
古い荒れた教会はシャルトルにもまだまだある
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休日の商店街はおやすみ
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各自夕食の後、いよいよ、シャルトル大聖堂のライトアップ!そして、得難い体験となったのは大聖堂の地下へろうそくを持っての訪問だった。
こちらに書きました。すばらしいシャルトル大聖堂のライトアップと共に、ご覧ください!
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《手造の旅》あなたの知らないロンドン、パリ+シャルトル四日目、午後。
朝、ノルマンディー上陸作戦の海岸とアメリカ兵の墓地を訪れ、その後すぐちかくのバイユーにて記念館訪問。
バイユーに来たらどうしても見ておかなければいけないのは、現存でも全長六十メートルを超える11世紀の「バイユーのタピスリー」。1066年ヘイスティングの戦いで勝利したウィリアム王の異母兄弟司教がオーダーしたものと言われている。大聖堂の柱に渡して展示したと推定されている。伝説ではウィリアム王の妃がつくったというが、これだけのものは素人のものではありません。
タピスリーと呼ばれていても、いわばシーツの上に毛糸で絵を描いたというようなものです。
ここにあります↓
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が、写真撮影禁止なので、こちらのサイトでもごらんください。
もともとこのタピスリーを展示していたと言われるのがこの大聖堂↓
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ロマネスク的な彫刻が美しい
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11世紀の部分で残されているのは、主祭壇の地下にあるクリプト。
ここの雰囲気は中世そのものだった↓
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バイユーから南へバスを走らせ、ウィリアム征服王誕生の地ファレーズ近郊へ。今日はとなりの小さな村にある小さな15世紀からの礼拝堂を訪れる。
以前から気になっている場所だったが、今回の旅へ参加希望された方が、「林檎の礼拝堂」は近いのでは?と言われて、行程を一日増やして訪れることにした場所である。
こんな細い道を通って
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すぐに礼拝堂があらわれた
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荒廃していた礼拝堂を現在みるように美しくしたのは日本人美術家の田窪恭治さん。
ご本人が書かれたその名も「林檎の礼拝堂」という本は、美術制作とはなにかを考えさせてくれる本だった。
一枚の絵を描くのとはちがい、建物を相手にするにはお金がかかる。
人が仕事として働き、材料を買い、それなりの年月がかかる。
それを美術家個人が出せるとは限らない。
ましてや、完成したものは売りに出せないし、日本に持ってくることもできない。
それでもこの事業にお金を出す人々の心意気とでもいうものが、この礼拝堂に結実している。
破れていた屋根は美しい色ガラスで補修された
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提供したのは日本の企業
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美しいリンゴの木の絵
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内部の絵を描いたのは田窪さんだが、昔の構造は出来るだけ残そうとしている。
この天井の梁はむかしのまま
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本の中で印象的だったエピソードのひとつが、床の鋼鉄材について。
入口にそのサンプルが置かれていた↓
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この材料も日本の企業により提供されたのだが、これに対する輸入関税が数十万もかかる事がわかり、フランス政府に免除してくれるように働きかけたのだそうだ。
詳しくは本をお読みください。
***
今日の宿泊地はシャルトル。
休日なので道は空いていて三時間ほどで麦畑の向こうに大聖堂が見えてきた↓
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この大聖堂の風景は、昔の巡礼が見ていたのと変わらないのか、そう思うと感慨深い
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まだまだ明るい時間にホテルへ到着
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旧市街大聖堂へ近いホテルにした。
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大聖堂で戴冠した唯一のフランス王アンリ四世。
暗くなる前に街歩きにお連れして、大聖堂からホテルへは自分で帰れるようにしてもらわなくては。
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第二次大戦時代のレジスタンスの闘志ムーラン市長の記念碑。
彼はドイツ軍によって殺された。
古い荒れた教会はシャルトルにもまだまだある
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休日の商店街はおやすみ
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各自夕食の後、いよいよ、シャルトル大聖堂のライトアップ!そして、得難い体験となったのは大聖堂の地下へろうそくを持っての訪問だった。
こちらに書きました。すばらしいシャルトル大聖堂のライトアップと共に、ご覧ください!